熾烈に光る 13.愛という言葉 


「・・・・放して」
「出来ません」

 リナの右手の薬指に向けて振り下ろされたレイピアをゼロスは寸前で止めた。
 リナの赤い瞳が怒りに輝き、ゼロスを睨みつける。

「はずせないなら、指ごと切り落とす。邪魔しないで」
「駄目です。させません」
「・・これがある限りあたしを利用できるから?は、あんたのそんな思惑に乗ってやるほどあたしはお人好しじゃないの」
 ゼロスの手から逃れようと力をこめるがびくともしない。
 純粋な力勝負でリナがゼロスに勝つことなど出来るはずもないが、一旦決めたからには引けない。リナにも意地がある。
「違います」
 そんなリナに、ゼロスは首をふり押さえつけている反対の・・・リナの右手己の目の前に掲げた。
「僕はあなたの全てが欲しいんです、リナさん」
 右手を引き寄せ、その甲に口づける。


「あなたの指1本、髪の一筋さえ損なわれるのは嫌なんです」


 滅多に見せない真面目な顔でそんなセリフを吐いたゼロスにリナは赤面しそうになるのを必死で耐えた。
 
 (ゼロスの言葉は、信用できない・・・)

 過去何度も踊らされてきたゼロスをリナは信じることは出来ない。
 おそらくこれも何かの策略なのだろう、と自分に言い聞かせる。

「・・・とこんなことを言ってもきっとリナさんには信じてもらえないでしょう。ですから」

 ゼロスがすっと薬指に手をはわせ、指輪を抜き取った。

「はずしてさしあげます」
「・・・・・・。・・・当然よね」
 ミルガズィアまで脅してリナにそれを嵌めたというのにゼロスはあまりにあっさりとそれを外した。
 不審に思いながらもリナはゼロスの手を払い、後ろへとびのいた。

「これは僕がお預かりします。いつか、リナさんが自分から嵌めてくださるまで・・・」
「そんな日は永遠に来ないわよ!」
「そうでしょうか?」
「当たり前でしょっ!あたしはあんたの・・・魔族の仲間になんて絶対にならない」
「・・・今はそう仰るでしょう。でもリナさんはきっとこちらにいらっしゃいますよ」
 暗紫色の瞳をのぞかせ、ゼロスは不吉な予言を告げた。
 
「では、今日のところはご挨拶ということで。失礼します、リナさん。またお会いできるのを楽しみにしてますよ」
「二度と来なくていいわよ」

 ゼロスは笑顔のまま、宙に消えた。
 消える一瞬前に、ゼロスの口が何かを告げるように動いた。

「・・・・何、企んでんだか」
 複雑な顔のリナが呟いた。


「リナっ!!」
「リナ~っ!」
 ゼロスが消えた場所を睨みつけるように見据えていたリナの背後からガウリィとゼルガディスの呼ぶ声が届いた。
「・・・ったく、遅いのよ」
 ぽつり、と呟いたリナは笑顔で後ろを振り向いた。
「ガウリィっ、ゼルっ!」
「大丈夫か、リナっ?」
「何があった?」
 口々にいわれ、リナは苦笑する。
「ちょっとね・・・・ま、話は城に帰ってからするわ。ここは結界の外だから」
「ああ、そういえば・・・これほどの結界を維持するなど、いったいどんな魔法を使った?」
「それも城で」
 さすがに気になるのかゼルガディスが尋ねてくるのをリナはかわすと二人を促した。
 ガウリィは無言でついてくる。
 リナの無事が確かめられたことでとりあえず納得したのだろう。










「リナさんっ!ご無事だったんですねっ!!」
 アメリアが駆けつけ、抱きつこうとするのをリナはあっさりかわす。
 アメリアはそのまま柱と仲良くなった。
「い・・・痛いですぅ・・・・」
「あたしを心配するなんて百年早いわよ。はいはい、色々聞きたいことあるんでしょ。
 順番に話してあげるから座って座って。まずは戦況を確認させて。被害は?」
「負傷した者は何人か居るがどれもたいしたことは無い。死者はゼロ。何だかよくわからんがいきなり魔族どもが消滅したからな」
「そう、後処理は?」
「大丈夫です。全部指示を出しておきました」
 アメリアがまかせて下さいと胸をたたく。
「すべて問題なし、ということね。じゃ、質問どうぞ」
 リナが一同に手をふった。
「この結果について」
 ゼルガディスがまず口を開く。
「俺の知る限り、白魔法にも精霊魔法にもこれほど長時間結界を保っておくことができる魔法は無い。黒魔法は論外だ」
「当たり、神聖魔法よ」
「・・・っ!!」
「あたしはこれまで、魔竜王ガーブと冥王フィブリゾを倒し・・・覇王の力も削いだ。
 それによってこの世界を覆っていた魔族の神封じの結界にほころびが生じて今まで届かなかった神の力が届くようになったの・・・もちろん、そんなこと誰も知らないだろうから試してもみなかったでしょうね。だけどあたしは知っていた。だからこの3年間、神聖魔法を研究してきたのよ」
「・・・・なるほど、ただ何もせずに居ただけじゃないってわけか。お前さんらしい」
「魔導士の本分は研究ですからね。・・・て何よその疑わしい顔は」
「見たまんまだ」
 ゼルガディスの言葉にリナの顔がひくひくとひきつる。
「・・・ふふふ、ゼルちゃ~ん、いつからこのあたしにそんな口をきえるようになったのかしらね~ぇ」
 リナの華奢な手がゼルガディスの岩の肌を滑る。
 しかも陰りのない微笑を浮かべたままというのがさらに不気味だった。
「・・・・ゼルガディスさん、固まってますよ・・・・」
「リナに逆らうなんて命しらずだな~ははは」
 三年経っても変わらずリナにおちょくられるゼルガディスは不幸なのか、はたまた学習能力が欠如しているのか・・・難しいところだ。
「ま、ゼルは放っておいて。この神聖魔法のいいところは一度発動したら術者が場を仲介しなくても一定時間維持することができるところね。ただし、完成するまでにちょっと呪文が長いのが欠点だけど」
「リナさん、それは実用化できるんですか?」
「白黒魔法と同じ。適性があるだろうけど、たぶん大丈夫だと思う。いきなり魔族が攻めてきたから言う機会がなかったんだけど興味がある人間を集めて一度講座を開いて教えようとは思っていたのよ。白魔法と違って攻撃系の魔法もあるから」
「それは凄いです!是非開いて下さい!私も参加しますね!」
「あ~、よくわからんが・・俺は?」
 いつの間にか復活したゼルガディスと一緒にリナとアメリアが関係ないとばかりに首を横に振る。
「ガウリィはいいの。あんたは剣で頑張ってちょうだい」
「おう!」
「それで、講座はまぁいいとして・・・何故お前はあそこに居たんだ?」
「そ、それは・・・」
「ゼロスと会ってたんじゃないのか?」

「「はぁっ!?」」

「ちょ、何でガウリィ知ってんのよ!」
「え、あ・・?だって居ただろ?」
 いや、居ただろ・・て。
 相変わらず恐るべき視力。
「リナさんっ!どういうことですかっ!?」
「ああ、誤解しないで。別にわざわざあいつと会うためにあそこに居たんじゃないから。
 ・・・あたしがミルガズィアさんところから嵌めて帰った指輪があったでしょ」
「・・・あったか?」
「あったのよ。それが呪いがかかっててね・・・ゼロスの」
「おいっ。それは・・・・」
 察しのいいゼルガディスが口を開くが、リナの視線がそれを止めた。
「神聖魔法と魔族の力は当然反発する関係にある。だからゼロスの呪いがかかった指輪を嵌めていたあたしは結界から弾き飛ばされたってわけ。ちょうど、そこに居たのがあいつ。ちょっとした挨拶だなんだとくだらないこと言って帰って行ったわ」
「そうだったんですか。リナさんが無事でよかったです」
「リナ、その指輪は?」
「あいつが持って帰ったわ」
 そうしなければリナが自分の指を切り落とそうとした、なんてことはいえない。
「とりあえず、第一戦は相手が本気じゃなかったから、引き分けってところかな」
「次に来たときは正義の鉄槌を下してやるまでです!」
 うぉぉっと正義の炎を燃やすアメリアをリナたちは好きにさせておく。
 下手に口を出すと余計な被害をこうむる。

「・・・・ま、次に備えてまた忙しくなるだろうけど・・・皆、頼むわよ!」
「はい!」
「ああ」
「おうっ!」

 頼もしいいらえを受けながら、リナの脳裏にゼロスの言葉が蘇る。
 消え去る前に音にはされなかった言葉。








 『・・・・愛しています』









 そんな形の言葉だった。