熾烈に光る 7.宣戦布告


「ご無沙汰しております、リナさん」
「あんたとは無沙汰してたほうがいいと思うけど」
「はははは、僕としてもそうだと思います」
 昔と同じ、何を考えているのかわからない顔でゼロスはリナの言葉に同意した。

「それじゃ、さようなら」
「って!ちょっと待って下さいよ~~」
 無視して部屋を出て行こうとするリナをゼロスが慌てて引き止める。
「・・何よ?無沙汰してたほうがいいんでしょう?」
「いえ、それはそうなんですが、まぁ・・・石の上に三年と言いましょうか」
「・・・・・・・・」
 どうもゼロスは人間世界のことわざを間違ってインプットしてしまっているのではなかろうか・・・リナは呆れた視線をゼロスに向けた。

「ふぅ・・で、いったい何なわけ?」
 リナは長い栗色の髪をふわりと手で背後にかきあげると、近くにあった椅子を引き寄せた。
「秘密です、と言いたいところなんで・・てちょっと待って下さいって!!」
 引き寄せた椅子をそのままゼロスに投げつけようとするリナを押しとどめる。

「あのね、あたしは長旅で疲れてるの。早くふかふかお布団で寝たいのよ」
 言葉通り、リナは相当疲れているのだろう。
 ゼロスを見る視線が・・・・・・・殺気を通り越して禍々しい。
「はいはい。実はですね」
 ゼロスはにこにこと笑い・・・何でも無いことのように言い放った。


「内応に来ました♪」


「・・・・・・・」
 リナはゼロスに投げかける予定だった椅子に腰掛け、呆れたように肩をすくめた。

「全く、何を言うのかと思えば・・・とんだ拍子抜けね」
「おや、そうですか?」
「がっかり。あんまりセオリー過ぎて驚いてやる気にもならないわ」


 そう、リナは自分がこうして『外』に出てきたからには遅かれ早かれゼロスが接近して来るであろうことは予想していた。
 今回の降魔戦争において、アメリア達の言葉から魔族側の実戦部隊の指揮は
 ゼロスが取っていることがわかっている。これまで散々に人間、竜、エルフ族たちを苦しめ、世界に滅びを撒き散らしてきた魔族たちの・・・。

 現在、圧しているのは魔族たちだ。
 このまま行けばおそらく世界は魔族たちの望むように滅びを迎えるだろう。
 ・・・だが。

 今まで傍観者をきどっていたリナが参戦することにより戦況は変わらざるをえない・・・それをゼロスが黙ってみているだろうか?

 否、だ。

 必ず何か仕掛けてくる。
 何を?

 リナを殺す?
 それとも・・・利用する?
 
 ・・・魔族の側に取り込もうとする?


 リナはそんなゼロスの行動をセイルーンに辿りつくまでの道程でさんざんシミュレーションしてみていた。
 

「だいたい・・・人間・・あたしなんか魔族の側に取り込んだって大した戦力にはならないでしょうが」
「まぁ確かに、魔力のキャパシティという点で言えばどんな魔族といえどリナさんに劣るということは有り得ません」
「あ、そう」
 そこまではっきり言われると、いっそすがすがしい。
「ですが、戦いはキャパシティの強弱で着くものではないということは、これまでリナさんの旅してきた過去を振り返ってみても重々承知しています」
「・・で?」
「リナさん、貴女は強い・・・人間とは信じられないほどに」
「ありがとう」
 リナはさして感動したでも無さそうに平坦な声でかえす。
「リナさんを魔族の側に引き抜くことは僕たちにとって二つの利点を生みます。
 一つは、リナさんの未知数の力を得ることができるということ」
 ゼロスは目の前で人差し指を一本立てる。

「そして二つ目は、貴女をこちらに引き込むことで人間側の戦力を相当に削ることができるということ」
 うっすらと暗紫色の瞳がゼロスの瞼から覗いた。
 その瞳にリナは僅かに眉をしかめる。

 ・・・・こういう時のゼロスは決まって何かを企んでいるのだ。

「そんなこと・・・あたしを殺したほうが早いんじゃない?あんたなら簡単に出来ることでしょう?」
「リナさんがそう簡単に殺されて下さるとは思わないんですが・・」
 ゼロスは苦笑する。
「確かにそれも一つの案ではあります。・・・が、最上とは言えませんから」
「どうして?簡単でよくない?」
 まるで自分の殺害を勧めるような口調である。
「人間には厄介なことに”情”なんてものがありますからね。貴女を僕が殺してしまっては、ガウリィさんたちが黙っているとは思えません。最後には全て滅びる運命にあるとはいえ、こちらもまだまだ人手が必要ですからね」
 憎しみにかられ、攻め込まれては溜まらない・・・ということらしい。

「なるほど。だてに人間界でうろちょろしてたわけじゃ無いのね」
「まぁ、仕事の一環ですが」
 他の魔族なら人間の情など気にもしないだろう。
 だが・・・それこそが足元をすくいかねない材料となることをこの獣神官はよくわかっている。・・・だからこそ獣王はゼロスを指揮官として据えたのだろうが。

「それで早速で申し訳ありませんが、こちら側に来てくださるつもりはありませんか。
 リナさん?」
「おととい来い」
 即答でかえす。

「う~ん、駄目ですかねぇ・・・?」
 だが、それでもゼロスはくじけない。
「お話にもなんなわね。だいたいあたしはまた20年しか生きてないのよ?まだまだ世の中にはあたしの知らない・・・あ~んな料理やこ~んなデザートがあるかもしれないって言うのに・・・それを食べないうちは死んでも死に切れないってもんよ」
「では、今ならもれなく世界周遊食べ歩きツアーもつけるということで・・・」
「果たされない特典に興味ないの。で、話はこれで終わり?」
 今度はゼロスがやれやれ、と肩をすくめた。

「・・やはりリナさんを落とすのは無理でしたか」
「わかってたならやめておけばいいでしょうに」
「いえ、万が一ということもありますし・・・リナさんならノリで僕たちのほうに来て下さるかな~と・・・」
「どんなノリよ、どんな」
「う~ん、残念です」
「おあいにくさま」
 がっくりと肩を落すという人間臭い仕草をしてみせるゼロスにリナは立ち上がり、窓に近寄ると、それを開け放った。

「話も済んだことだし、お引取り願おうかしら?」
「・・・仕方ありませんね」
 ゼロスは何の抵抗もなく、リナの言葉に沿って窓辺へ移動した。


「さよなら」
「お元気で、リナさん」
 次に見える時は敵同士だ。

 ゼロスが桟を蹴り、空へと踊りだそうとしたところでふと、リナを振り返った。

「あ、そうそう一つ言い忘れていたことが」
「・・・何?」
 見上げるリナにゼロスは微笑む。






「綺麗になりましたね」

 そして、ゼロスの姿は消えた。