熾烈に光る 4.女神の息吹


「そうして、我々はここへやって来た」
「・・・なるほど」
 話し終えたミルガズィアにリナは静かに頷く。

「まさか、外の世界がそんなことになってるとわね・・・前に来たときは、あんたたちそんなこと少しも匂わせなかったし?」
「え・・・それは、その・・・」
「わかってる。あんたたちはあたしに気を使ってくれてたのね」
 言葉につまるアメリアに苦笑する。

「リナ=インバースよ。我らには時間が無い。どうか『デモン・スレイヤー』としての力を我らに貸してもらえぬか?」
 その懇願にリナはすぐには答えず、カップに揺れる琥珀を見つめた。

「あたしが手を貸す、貸さないはともかく。その前に話しておかないといけないことがあるの。黙ってたら余計な誤解されるかもしれないし」
「・・・?何ですか?」
「あれは・・・確か1年くらい前だったかな?・・・ゼロスの奴がここに来たのは」

「「・・・・・っ!?」」
 アメリアとミルガズィアが驚きに目を見開いた。














 いつもと同じ時刻に目が覚めて、朝食を取ったリナ。
 けれど・・・何かがいつもと違った。

「・・・・・・・・」
 リナは瞼を閉じ・・・気を集中させる。
 家の庭へ。庭から森の結界へ。
 
「・・・誰?」
 ガウリィでも・・・アメリアでもゼルガディスでも、無い。
 結界の外にある気配は・・・・・。


『・・・お久しぶりです、リナさん♪』
「・・・ゼロス」
 あのときから一度も会っていなかった魔族、獣神官。
 ・・・器用にもリナに声だけ送ってきた。
「あんた・・・よくもあたしの前にのこのこと顔を出せたわね」
『いえいえ、顔は見せておりませんので・・・』
「屁理屈ね。いったい何の用?どうせろくでも無いんだろうけど」
『はははは、ちょっと近くを通りかかったものですから・・・せっかくですからご挨拶をと思いまして』
「何が近くを通りがかる、よ。あたしがここに居るってわかってたってことは・・・監視してたわけ?」
『まさか。偶々ですよ、偶々♪』
「・・・・・・」
 いっそこのまま無視してやろうか、と思いはじめたリナにゼロスは言った。
『手ぶらでは怒られると思いまして、お土産もあるんですよ♪』
「・・・・お土産?」
『マンドラゴラの根を一箱』
「一箱っ!?・・・・んー、もう一声欲しいわねぇ・・・」
『・・・相変わらずですね。では・・・ゼフィーリア産。山海の珍味・・・で如何でしょう?』
「・・・新鮮なんでしょうね?」
『もちろん、今朝取れたばかりです♪』
 リナは早口で呪を紡ぐと、結界の一部を解いた。
 ゼロスにはこれで十分。


「どうも、あらためまして。お久しぶりです、リナさん♪」
 目の前に浮かんだゼロスが時代錯誤がかった礼をする。
「そんなこといいから、お土産v」
 早く、早く・・・とリナはゼロスの目の前に手を差し出す。
 はぁぁ、とゼロスが大きく溜息をついた。
「何よ?」
「本当に相変わらずのご様子で」
「あんたこそちっとも変わってないじゃない」
 2年前と同じ姿。同じ仕草。同じ表情。何もかもが『同じ』まま・・・。
「まぁ、それは僕は魔族ですから年なんて取りませんし・・・・そういう意味ではリナさんは大変にお変わりになりましたね」
「あたしは人間で年を取るからね」
 リナは嫌味をこめて言ってやる。
「リナさんのお姿を拝見して、しみじみと実感しましたよ」
 しかしゼロスには通じない。
「妙な実感の仕方しないでよ・・・」
 
 ともかく、リナはゼロスから土産をぶん獲り(まさにその表現がぴったり)品定めをした結果、それらはいずれも合格ラインに達してリナを喜ばせた。


「・・・・・・それで、本当は何の用なわけ?」
 ちゃっかりとお土産をしまいこんだリナはやっと一息ついてゼロスに話し掛けた。
 もちろん、その間は無視・・である。
「いえ、ですからお顔を拝見したかっただけです」
「・・・・あたしの顔見てどうすんの?」
「お元気かなぁ、と・・・」
「あんたに健康を心配してもらうほどあたしは落ちぶれてないわよ」
 リナの酷い一言にもいっこうに堪えることなく、ゼロスは苦笑する。

「本当は・・・・・」
「本当は?何よ?」
 いつも笑顔ばかり浮かべているゼロスの顔から笑みが消えた。
「・・・いえ、何でもありません」
 ゼロスは首を横に振り、立ち上がった。
「お邪魔しました、リナさん」
「ちょ・・・ちょっと!!」
 本当に何事も無く帰ろうとするゼロスにリナは拍子抜けて慌てて声をかけたがゼロスは『お元気で』という言葉を残して姿を消した。
「いったい、何だったわけ・・・・?」
 リナに大いなる疑問を残したまま・・・。











「・・・て、いうことがあったんだけど。その頃はもうゼロスが降魔戦争を宣言してた時だったわけね・・・偵察のつもりだったのかな?」
 それならばご苦労様と言うしかない。リナは毛筋の先ほども関わっていなかったのだから。
「そうかもしれぬ。・・・リナ=インバース、お主の身に何事もなく幸いだった」
「全く、ゼロスさんは油断も隙もありませんね!一人暮らしの女性のもとに無断で侵入するなど言語道断!男じゃありません!」
 魔族でしょ?
 リナは心の中で突っ込んでやる。
「でも・・・・」
 リナはミルガズィアとアメリアを交互に見つめ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「本当に『何も無かった』と信じることが出来る?もしかしたらあたしは嘘をついているのかもしれないわよ?」
 リナの言葉に二人は絶句し・・・・ミルガズィアは重々しい雰囲気で口を閉じた。
 だが、アメリアは・・・。

「そんなことあるわけ無いじゃありませんか!一緒に旅をした私にはよぉ~くっわかっています!リナさんは一見したところ悪の親玉、まさに悪の帝王そのものだと言っても過言ではありませんが、その心の中に燃えるのは正義の炎!強きを挫き、弱きを助ける!私たち正義の使途は永遠に不滅です!」
「・・・・・・・。・・・・・・・」
 だんっ、とリナお気に入りのテーブルの上に固しを載せて宣言するアメリア。
「アメリア・・・・」
「何ですか!?」


『フリーズブリッド!!』
 アメリアに、見事リナの呪文がぶち当たった。
 妙な格好のまま氷づけになったアメリアはがこんっと音をさせて床に転がる。

「・・全く、足跡がついちゃったじゃないっ!!」
 一生懸命に布巾で汚れと取るリナ。
 そんな二人のやりとりをミルガズィアはやや顔をひきつらせて見ていたがごほんっと一つ咳払いして我にかえる。

「リナ=インバース。私もお主を信用しよう。お主の瞳は・・・初めて会ったあの頃と少しも変わらぬままだ」
「あ・・・そうです、か」
「あーっ!リナさんったら照れちゃって!」

 げしっ。

 復活したアメリアはリナの裏拳で再び沈められた。



「と、とにかく。リナ=インバースよ。今一度願う。どうか我らと共に戦ってはくれないだろうか?」
 リナはしばらく沈黙し、深く息を吐くとミルガズィアに真っ直ぐ視線を向けた。


「・・・返事は待ってくれないですか?そう待たせは・・・しないと思いますから」
「そうだな。・・すぐにというのは些か性急だったかもしれぬ。だが・・・本当に残された時間は僅かなのだ」
「わかっています」
 相手は魔族・・・最強の魔族なのだ。














「リナさん・・・」
 ミルガズィアとアメリアを手を振って見送るリナの姿が・・・儚くて。
 今さらながらにアメリアの心に後悔の念が押し寄せてくる。

 けれど、もう後戻りは出来ないのだ。