熾烈に光る 3.希望の翳り


「・・・・・っ!!」
 予想していたとは言え、衝撃は大きい。
 リナのカップに触れる手は震えていた。

「ゼロスは言った・・・・」




『もちろん、竜族並びにエルフ族のお相手は僕がさせていただきます。
 ああ!抵抗はしていただいて構いませんよ。クレアバイブルもご自由に利用なさってください。・・・それで僕に勝てると思われるのでしたら』




 
 何という傲慢な物言いだろう。
 だが。
 ゼロスの力はそれが許されるほどに桁外れなのだ。


「何故、今になり魔族が動きはじめたのかはわからない。だが、我らとてただ滅びを甘受するわけにはいかぬ。ゼロスの言うとおり利用できるものは全て利用し、迎え打つことにした」

「・・・・ちょっと待って」
 リナはしゃべり続けるミルガズィアを片手で制した。
「あの事件から1年後・・・て言いましたよね?」
「ああ」
「・・ということは、ゼロスが降魔戦争を宣言して2年の歳月が経っている・・・・」
 ミルガズィアには悪いが、ゼロスが本気になれば黄金竜など・・たちまちにして滅ぼしてしまうだろう。
 それなのに、2年もの歳月が経っているということは・・・・。

 ゼロスに打ち勝ったのか・・・・いや、それは無い。
 ならば・・・ゼロスを抑えるほどに強力な力を見出したのか?
 ・・・何れにしろリナの力を請う理由にはならない。

「そう・・・お主が疑問に思うのももっともだ」
「いったいどういうことなんです?」
「ゼロスは・・・・宣言したもののすぐには攻撃しては来なかったのだ」




 『もちろん時間は差し上げましょう。このところ魔族も人手不足で僕も何かと忙しいものですから。そうですね・・1年間ではどうでしょう?』




 ミルガズィアの話だけでも、その時のゼロスがいったいどんなふうにしていたのか想像できる。
 きっと・・・いつものような笑顔を浮かべて、人差し指を振りながら。
 おどけたように言ったのだろう。


「・・・・ふざけてるわ」
「昔を知らぬ若者たちはお主のようにゼロスに腹を立てた。儂らが止めるのもきかずゼロスに向かって言った」
 結果は見えている。
 ・・・・・全滅、だ。

「それから我らは・・・まさに死ぬ物狂いで魔族を滅ぼす知識を集め、種族を問わず力をあわせるために使者を出した」
「・・・で、人間代表がアメリア?」
「私・・というか父さん、なんですが・・・。ミルガズィアさんからの使者が来る前から人間世界で妙に魔物が活発な動きをするようになっていて・・・街道沿いも護衛なしでは歩けないほどになっていたんです。世界も何だか瘴気に満ちはじめていて・・・・何故なのかと思っていたところへ使者が来た」


 第二次降魔戦争。
 セイルーンの王城でその言葉を口にした使者に周囲ははじめこそ呆れた
 視線を向けていたが・・いよいよ冗談では無いと自覚するにつれて・・・・

 混乱状態に陥った。

 平和ボケした愚かな人間たち。
 すぐ隣に死が忍よっていることも知らず、戯れ続ける。
 そんな人間たちが降魔戦争などと言われても・・・・。

「・・・よくフィルさんを選びましたね」
「セイルーンは聖王都と呼ばれる地。ならばそこを治める人物もひとかどの
 存在であるだろうと推察した」
「それから父さんは各国に呼びかけて魔族に対抗するための手段を講じる会議を
 開きました。会議は難航しました・・・魔族なんて普通に暮らしている人たちに
 とって別世界の存在ですから・・・その力を想像することも出来なかったんです。
 でもようやく魔に対抗することの出来る存在を集い、特別部隊を編成しました」



















 各国選り抜きの戦士や魔道士たち、そして自ら志願した傭兵や兵士たち。
 彼等はセイルーンに集い、フィリオネル王から詳しい話を聞いた。

 敵はレッサーデーモンなどとは比較にならないほどの力を持った純魔族で
 ある。並の剣や呪文など受け付けない性質を持ち、性格はいたって残忍。
 こちらの負の感情を糧にしている。
 大げさでも何でもなく決して命の保障は出来ない。
 去る者は追いもしないし、馬鹿にしたりもしない。それが普通だからだ。
 だが、もし・・・それでも力を貸してくれる者にはわが国のみならず、世界各国、竜族、エルフ族・・・全ての平和を望む存在からの協力は惜しみなく与えられることを約束しよう。
 

 フィリオネルの言葉は虚飾なく、真実だけを訥々と語った。

 自分の実力に自信の無いものは去り、少しでも抵抗する気力のある者が残った。
 その中には、ガウリィやゼルガディスも居た。
 もちろん、アメリアも大人しく王宮におさまっているつもりは無い。

 ただ、そこにはこの戦いに不可欠な・・・・・・・リナの姿だけが無かった。

「おい、久しぶりだな、ガウリィ」
「ああ・・・・えーと・・」
 見知った顔を見つけたゼルガディスがガウリィに声をかけた。
「・・・・ゼルガディスだ」
「そうそう!いやー元気してたか?」
「・・・・・・・・。ああ、まぁな」
 ゼルガディスが本当に覚えているのかと疑わしい視線を向ける。
「それより・・・あいつはどうした?一緒だったんじゃないのか?『デモンスレイヤー』
 なんて二つ名も聞いてるぞ」
 ゼルガディスは当然、ガウリィと共に居るはずのリナを探した。
 この戦いに彼女は必要不可欠だ。
 それ以上に・・あの、どんな状況でも輝きを失わない紅玉を久しぶりに見たかった。
「・・・・・ああ、リナは・・・・・・・・居ない」
「・・・居ない?遅れて来るのか?」
「いや・・・あいつは・・・・」
 ガウリィには似つかわしくない哀しみの表情にゼルガディスは何かを察した。
「逃げられたのか、旦那」
 ことさら明るい口調で肩を叩く。
「ああ、まぁ・・似たようなもんかもな」
苦笑したガウリィにゼルガディスが更に事情を聞こうと口を開きかけたところに、

「ゼルガディスさーんっ、ガウリィさーんっ!お久しぶりですっっ!!」
 大げさに手を振り、駆け寄ってくる黒髪の少女。
 アメリアだった。
 ゼルガディスの胸のあたりまでしか無かった身長は僅かに伸び、子供ぽい丸さが抜けはじめていた。
 ただ・・・元気が有り余っているのは昔のままだったが。

「おう、久しぶりだな」
「ああ、久しぶり」
 駆け寄ったアメリアが手を額にあてて、きょろきょろと周囲を見渡す。
「リナさんはどこです?」
 ゼルガディスと同じことを尋ねるアメリアに、男二人を視線を合わせて苦笑いした。
「リナは居ないんだ」
「どうしてです?・・・まさか、朝食を食べ過ぎて宿で臥せっているとか?リナさんに限ってそんなことは無いと思うますけど・・・・あ!こんなこと私が言ったなんて内緒にしておいてくださいねっ!!で・・・リナさんは?」
「まぁ、こんなところで話もなんだろう。アメリア、空いてる部屋はあるか?」
「ありますよ。ご案内します!」









 アメリアの案内で王宮の中に入ったゼルガディスは妙なことに気がついた。
「アメリア・・・お前のところは、人手不足なのか?」
「はい?」
「・・・ここまで来るのに侍女の一人も見かけん」
「ああ・・父さんが暇を出したんです。この城はいわば、敵と戦うための本陣となる場所。いつ攻め込まれるかわかりません。そんなところに力弱き人々を残しておくことは正義じゃありませんから!」
「・・・なるほど」
「で、ガウリィさん。リナさんのことですが・・」
「ああ、リナとは1年くらい前に別れたんだ」

「「ええっっっ!??」」
 ゼルガディスとアメリアの声が唱和した。
「・・・何でそんなに驚くんだ?」
「だってガウリィさんが一人でこの1年間生きてこれたなんて・・・」
「リナを放置してよくまぁ、この世界が無事だったもんだ・・・」
「・・・お前らなぁ・・・」

「というのは冗談で、どうしてリナさんと別れちゃったんですか?」
「おい、アメリア」
 いきなり芯を付く質問にゼルガディスが苦い顔をする。
「だって、お二人とも凄くいいパートナーだったじゃないですか」
「・・・まぁな」
 二人の視線がガウリィに向いた。
「ん~・・まぁ、あんたらと別れた後に色々あってな・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・で、別れた」

 がくっ!

「が、ガウリィさん、それでは省略しすぎですっ!!」
「いや~、よく覚えてなくてなぁ」
 ぽりぽりと頭をかくガウリィ。
「旦那らしいといえば、らしいが・・・リナの居場所くらいは知ってるんだろう?」
 リナが戦力に居る、居ないでは全く違う。
 リナの魔力ではなく、人を統率し導く力。それこそが必要なのだ。

「知ってるが・・・言うつもりは無い」
「ガウリィさんっ!」
「あいつは俺と別れるときに、戦いからは一切身を引くと言った。長年やりたかった魔道の研究をすると。俺はリナをそっとしておいてやりたい」
「ガウリィさん・・・」
「ガウリィ」
「それに・・たぶん、教えても見つけられないと思うぞ」
「何故だ?」
「リナが俺に迷うからな二度と来るな、て言った」
「・・・結界か」
 徹底している。
 どうやら、本格的にリナは雲隠れしたらしい。
「道理で最近、リナの話を聞かんと思った」
「そうですね」
「しかし・・・もし、リナに降魔戦争のことを言わなくて事が済んだとするぞ・・・
 どうなると思う?」
「・・・半殺しで済めばいいですけど・・・・」
 絶対にただでは済まない。

 アメリアとゼルはまさに怒れるドラゴンと化して暴れ廻るリナを思い浮かべた。

「そうかなぁ?たぶん、リナは何も言わないと思うぞ?」
 だが、ガウリィだけは違った。
「あいつが何もしないと言ったからには・・・もう二度と戦いに関わることはない。
 ・・・・・・と思う」
「何だ、その自信あるのかないのかわからんセリフは・・・」
「何しろリナだからな~・・・だが、そっとしておいてやりたんだ。今は」
「そうですか・・・・でもっ!友人として会いに行くぶんには構わないでしょう?
 もう2年近くリナさんとは会ってないですから・・・」
「そうだな、もう2年になるか・・・」


 リナ=インバース。
 様々な悪名を冠し、また強力な魔法を誰よりも巧みに駆使した少女。
 彼女の生き様はあまりに輝かしく、共に過ごした日々は過去を振り返ることすら忘れるほどに満たされていた。

 たった2年。
 けれど関わった人間たちにとっては『もう』2年。


「・・・会いに行くか」
「そうだな」
「そうですね!行きましょう!」














『ラ・ティルト!!』
 精霊系最強呪文が炸裂する。
「ガウリィっ!」
「おうっ!」
 斬妖剣が呪文で動きを封じられた魔族を真っ二つに切り裂いた。


 三人がかりでようやく、魔族を一人。
 それでも、彼等は撃墜王(エース)で・・・部隊の多数は為す術なく魔族の標的となり命を落としていく。
 人間だけではなく、竜族、エルフ族・・その他種族が居るからまだこの程度。
 もし・・・人間だけならば、一方的な殺戮が展開されていたことは間違いない。

「全く・・・やってられんな」
 つい、ゼルガディスもぼやいてしまう。
「仕方ありません。敵は強敵です!しかし私たちの仲良しパワーを持ってすればそんなもの畏るるに足りませんっ!」
 明後日の方向に向かい、拳を握りしめるアメリア。
「・・・・・・・。」
 うんざりした顔でゼルガディスは剣をぶら下げた。
「なぁ、次来てるぞ?」
 まるで現状に不似合いなのんびりした声でガウリィが剣を構える。
 敵は目前に迫っていた。


 
 ガウリィたち、人間サイドに攻撃をしかけてくる魔族は、確かに強い。
 強いが・・・歯が立たないほどではない。
 竜族が相手にしている魔族たちに比べればはるかに容易い。
 それでも苦戦していることには違いない。

 そして何より・・・打ち滅ぼしても次々と現れる魔族たちに戦う者たちの疲労もそろそろピークに達しようかと言うほどになってきている。
 意気が上がらないというのは・・・なかなか苦しい。
 しかも、これと言った打開策がないとくる。

 フィリオネル王は何とかしようと連日、部隊の主要メンバーを集めて対策を練っているのだが・・・如何せん圧倒的な力の差は補うことができずにいた。



「・・・・まずいな」
 このままでは、負ける。
 ゼルガディスは会議室の片隅で誰にともなく、ぽつりと落とした。
「何が?これ結構いけるぜ?」
 その脇で、両手にチキンを携えたガウリィが首を傾げた。
「・・・違う、それのことじゃない」
 このガウリィのぼけっぷりは半分はポーズだと思っていたゼルガディスだが
 最近は、これが素なのかもしれないという疑念を強めている。
「だったらこのソースかかったやつのことか?これも結構いけると・・・」
「だから料理のことじゃないっ!」
 つい叫んでしまったゼルガディスに場の視線が集まった。
「・・・こほんっ。ここじゃ話しにくい。別の部屋に行くぞ」
「?ああ」
 ゼルガディスにうながされて会議室を出ていくガウリィの手には・・・
 フランクフルトが5,6本握られていた。



「ガウリィ、今度の戦いの結末をどうみる?」
「ああ・・そうだな。まぁ、このままなら・・・負けるな」
 あっさりと言い切ったガウリィにゼルガディスは苦笑した。
「それでいいのか?」
「いいも悪いも・・・。俺は傭兵だからな、勝とうと負けようと戦うだけだ」
 そんなことをいつもの笑顔で言われるからたまらない。
「旦那・・・意外に刹那的だな」
「そうかぁ?」
「だが、俺はまだ諦めたくはない。見苦しいだろうがあがけるだけあがきたい。
 ・・・・この身体も元に戻っていないしな」
「そ・・・」
 そうか・・・と言いかけたガウリィのセリフはいきなりの闖入者に奪われる。

「それでこそ人間ですっ!悪をこらしめ、正義をただす!私たちは正義を貫くまで永遠に不滅ですっっ!!!」

「・・・・・・で、ガウリィ。話の続きなんだが」
「ああ、ゼル」
 何事も無かったかのように、話を続ける二人。
「あぁぁっっ無視しないで下さいぃぃぃっっ!!」

「まぁ、いい。お前もこの話には満更、関係ないわけでは無いからな」
「というと?」
 アメリアは昇っていた机の上から降り立つ。
「正義がどうのと言ったところで、決定的なものが俺たちには抜けている」
「・・・・そんなことは」
「あるだろう?」
「・・・・・」
 アメリアは否定できない。
「俺たち対魔族の特別部隊は力こそ選り抜かれているが・・・言ってみれば
 有象無象の集団だ。それをまとめる奴が居る」
「それは父さんが・・」
「確かにフィル王はカリスマがある。だが前線に出て俺たちと共に戦うことは出来ん」
「・・・・・・・」
 ゼルガディスは、アメリア、ガウリィと視線を移し・・・窓の外。
 遠く広がる東の青空へと向けた。


「リナに・・・・」
 あの奇跡の少女に。この戦いの話だけでもしてみよう。
 それで断られても・・・・やらないよりはましだ。
 






「では、私も同行させてもらえぬか?」

「「「・・っ!?ミルガズィアさん??」」」
 割り込んだ声に、三人は驚きの声をあげた。
 今、ここに居るはずのない、黄金竜の長老ミルガズィアだった。
 
「こちらも些か戦況が厳しくての」
「だが、竜族がただの人間一人に助力を請うというのか?」
「ただの人間ではない。魔王を2度も滅ぼし、腹心3人と相対し・・・高位魔族と<幾度となく戦い・・・それでも生き延びている奇跡の娘だ」
「・・・・魔王を『二度』?」
 一度は・・・レゾの時。
 それはゼルガディスも共に戦ったから、わかる。・・・だが、二度とは?
 ガウリィに視線を向けると・・・一切の意思を読み取れない瞳とあう。

 ・・・そうか、『色々あった』とは・・・・このことか。


「では行きましょう!」
「ちょっと待て」
 一人突っ走ろうとするアメリアをゼルガディスが止めた。
「俺たちが居ない間も魔族の攻撃はあるだろう。俺たちが皆、リナのところへ行くのはまずい」
「そうですね・・・どうしましょうか?」
「俺は残るな」
「では、俺も残ろう。魔法を使える奴が一人は居るだろう」
「では、私とミルガズィアさんでリナさんの所へ行くわけですね」
「ああ、しっかりリナの奴を連れ出して来い」
「わかりました!このアメリアにどーんっとまかせて下さい!」
 ・・・と言われれば言われるほどに不安になるゼルガディス。
 まぁ・・・ミルガズィアが居るから・・・大丈夫だろう。

 そっと視線を向けて頷きあった。