熾烈に光る 1 はじまりの光


 いつから、誰が呼び始めたのかは、わからない。
 けれども。
 いつしか、定着してしまったその呼び名。

 『デモン・スレイヤー』

 【魔を滅する者】・・・それを意味する呼び名。
 畏怖と尊敬入り混じるその呼び名を与えられたのは・・・・
 まだ20にも満たない、17歳の少女。

 リナ=インバース。

 黒魔術を中心に、白魔術、精霊魔術を巧みに操り、人の天敵とも言える魔族を滅びへと導く小さな腕(かいな)。
 華奢なその身体に宿るのは、尋常にあらざる力。
 そして、類稀なる頭脳と知識。
 
 彼女の前では魔族といえども、赤子の手をひねるがごとく。
 呪文一つで虚無へと還る。
 リナ=インバースに出来ないことは何も無い。

 吟遊詩人たちが街頭で竪琴の調べにのせて、歌い語る。


 生きながらにして、彼女は伝説になった。











「ふぁ~~っ!今日もいいお天気になりそうねっ♪」
 リナは部屋の窓を開け、朝日に向かって大きく伸びをした。



 その肢体は、しなやかな曲線を描きすらりと伸びた手足は形のいい指へと続く。
 自慢の栗色の髪は相変わらず艶やかで、朝日を受けてきらめいている。
 日に焼けない白い肌には一点の曇りもなく、透き通るほど。
 コンプレックスだった胸元も豊かにふくらみ、腰はきゅっとくびれて女性特有の色香をかもし出している。
 
 そして、何よりも・・・麗しい顔に何よりも稀なる美しさを宿した紅玉の瞳は光を浴びて、きらきらと生命の輝きに満ちていた。


 17歳の可愛らしい少女は、3年の歳月をへて艶麗なる女性へと成長していた。



「よしっ!まずは腹ごしらえしなくちゃねっ!」
 普段着・・今はあの魔道士ルックではなく、僧侶が着るような全身を包むローブをちょっと活動的にしたデザインの服を愛用している。
 ちなみに今日はクリーム色だ。

 着替えを終えたリナは階下に続く階段に姿を現した。
「・・・・ん?」
 そこでリナは奇妙なことに気がついた。
 鼻をくんくん、させる。

 肉を焼く香ばしい匂い。
 ・・・他にスープと・・・・パンもあるわね。

 ここが食堂ならば、それらは一考に問題にすることのない、むしろ歓迎すべき事柄だっただろう。しかし・・・・。
 
 今、ここにリナは一人で暮らしていた。
 
 リナ以外に料理を作る人間など居るはずが無いのだ・・・・。
 では、何故?

「・・・・・誰かしら?結界を突破してきたってことは・・・知り合いよね」
 リナは思い当たる人物を色々と頭に思い浮かべてみる。
 その中で料理の出来る者・・・・。


「あっ!リナさん!!おはようございますっ!」
 リナが検討をつけるよりも早く、その人物はリナの姿を見つけて元気よく朝の挨拶をした。
「おはよう・・・て、アメリア。あんた何してんの?」
「お食事つくりに来ました!」
「来ました・・・て・・・」
 そんな簡単に済むことではない。
 なぜなら、このアメリア。魔法都市セイルーンの王女様である。
 外出だってそうそう許される立場の人間では無いのだ。
 ・・・まぁ、性格は非常にフレンドリーだったりするのだが・・・・。

「あ、ちゃんと父さんの許しは得てきましたから!」
「そう・・それなら別にいいけど・・・」
 リナはまだ不審な顔をしつつも朝から豪勢な食事の並んだテーブルに腰かけた。
「ささっ、たくさん用意しましたから思いっきり食べて下さいね!」
「あんたに言われるまでもなく食べるつもりだけど・・・・何か気に食わないわね」
「ぎくぎくっ(汗)」
 思いっきり表情に内心の思いが出まくっているアメリアをリナはジト目で睨んだ。
「・・・まぁ、あたしはこのくらいじゃ懐柔されたりしないけどね。それはよ~くわかってるわよね?」
「・・・はい、リナさんですから・・・」
「・・・どういう意味よ・・・」
「えっ!?いえ・・深い意味は無いです!!」
 パタパタと目の前で手を振り、命からがらに釈明するアメリアにリナは溜息をつくとようやくフォークに手をかけた。
「じゃ、ま・・・いただきます」
「はいっ!」



 年を重ねても変わらないものはいくつかある。
 その一つにリナの食欲がある。
 いったいその細身のどこに収められていくのか・・・到底一人分どころか5人分でも危うい量を次々に口へ運んでいく。
 その凄まじさには慣れているはずのアメリアも自分の食べる手を止めて呆気にとられてしまうほど。

「あっ!これあたしの好物なのよね~v」
 と言ったが最後。一瞬後には皿の上は綺麗に片付いている。

「・・・相変わらず凄い食べっぷりです・・・リナさん」
「んぐっ?ごくんっ。・・・そう?」
 首を傾げたリナにアメリアは深~く頷いた。
「ま、腹が減っては戦は出来ぬって言うし。食は基本よ、き・ほ・ん♪」
「・・・・・。・・・・・」
 もはやアメリアに言葉は無い。
 ただ、リナが食事を終了させるのを見守っていた。



「あ~、お腹いっぱい♪美味しかったわ、アメリア」
「それは良かったです。リナさんって結構美食ですから腕を振るうほうは緊張するんですよね」
「当然よ。マズイものなんて・・出来るだけ食べないでいるにこしたことは無いわね。・・・それで、アメリア」
「はい」
「いったいどうしてここに来たわけ?まさか食事作るためだけに来たわけじゃ無いでしょ?一応あんた、最近はフィルさんの仕事手伝ってるみたいだし?」
「さすがリナさんです。耳が早いですね」
「いくら人里離れたところで生活してたって情報に疎くなるわけにはいかないから」
 リナが視線で、それで?とアメリアに話の続きを促す。

「・・・・リナさんが、ここに住むようになって2年ですね。何だかあまり時間は経ってないように思うのに」
「まぁ、2年なんて過ぎてしまえばあっという間でしょ」
 アメリアはすぐには話の核心には触れてこない。

 
 『デモン・スレイヤー』という呼び名が世界に広まるにつれて、リナの気侭な旅もしにくくなってきていた。
 今までは、『リナ=インバース』の名は避けられはすれ・・人を集めるようなものでは無かった・・・それが、一度名乗った途端に・・・領主に呼ばれるわ魔道士協会からは講演の依頼が来るわ・・・人は野次馬根性で宿まで押しかけるわ・・・・。
 1、2度ならば、ファイアーボールの一つでもお見舞いして問答無用で黙らせる
 ところだが・・・・これが全ての町でこの状態となるといよいよ、リナとしても落ち着けなくなってきた。
 
 しかも、その呼び名は嬉しいどころか・・・胸の痛みさえも覚えるほどで・・・

 ここに来てリナはすっぱりと旅をやめ、世間から隔絶した場所で生活することに
 決めた。人里離れた山の中に一軒家を建て、知り合いが訪れる他はそれまでの生活が嘘のように静かな生活。
 魔道の研究や読書にふける日々。
 まさに『魔道士』の名にふさわしい生活と言えただろう。


「・・・そろそろ街へ出ていらっしゃいませんか?」
 アメリアの言葉にリナは大きく溜息をついた。
「やっぱり、それ?」
「はい、それ、です」
「あたしとしては、別に今の生活に何の不自由も無いし・・どんちゃん騒ぐのは嫌いじゃないけど・・・それだけのために街へ出て行くのも何だし・・・?無理に今の生活をやめることは無いと思っているんだけど?」
「はい、わかってます」
「なら、どうして言うわけ?」
「・・・・私たちの我儘です」
 アメリアが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ん?」
「ここは遠すぎます。私たちはリナさんに傍に居て欲しいんです」
「・・・・・。あんたねぇ・・・・」
 リナは僅かに頬を染めた。
 アメリアの育ちの良さをこういう時に感じる。
 どこまでも素直で・・・ひねていない。
 他の人間なら恥じて別の言葉を探すところをアメリアは真っ直ぐに向けてくる。
 リナはこほんっと軽く咳払いをした。
「そう言われて嫌な人間なんて居ないだろうけど・・・あたしは騙されないわよ」
「・・・・リナさん」
「あたしの知り合いに自分自身の足で立てない人間は居ない。他人の手を借りなくても皆、自分一人で生きていける人たちよ」
「リナさん」
「アメリアもね。旅に出て、随分しっかりしたわ、あんた。出会った頃はちょっと箱入りはいってたけど・・・しっかり人の内心を見ることのできる強い女性になった。だからこそ、フィルさんはあんたに仕事まかせてるんだろうし」
「ありがとうございます、リナさん。他の誰よりもリナさんにそう言っていただけて私・・凄く嬉しいです!」
 アメリアが目をうるうるさせて、リナの手を握る。
「え・・いや、そこまで感動されても・・・」
「でも、それとこれとは別です」
「おい」
「確かに私たちは誰に頼るでもなく生きていけます。でも・・・寂しいんです。
 ・・・・時々、リナさんの破天荒な騒ぎが無くて・・・」
「・・・・あんた喧嘩売ってんの?」
 リナの目が細められる。アメリアの頬にたら~と冷や汗が伝った。
「い・・いいえっ!!(汗)、えーと、そうじゃなくて・・・と、とにかくっ!私たちにはリナさんが必要なんですっ!」
 リナははぁぁぁっと大きく息をつく。
「だーかーらー、それが『どうして』なのか。あたしは聞いてんの」
「・・・・どうしても言わないとダメですか?」
「・・・・当然でしょうが・・・」
「実は・・・ガウリィさんも今・・・セイルーンに来てもらっているんです」
「ガウリィも?・・・あいつが居たら余計面倒になってそうだけど・・・」
「・・・・・・。・・・・まぁ、腕のほうは確かですから」
 否定はしないアメリア。
「腕のほうは、てことは・・・何か厄介ごとが持ち上がってるわけね」
「・・・・・。・・・・・・」
「しかもアメリアが言い渋るくらいだから、かなり大きな、ね?」
「・・・やっぱりリナさん相手は私には荷が重すぎます」
 アメリアは肩を落とした。



「・・・・・では、私が代わろう」



「・・・・っっ!?」
 リナは凄い勢いで扉に顔を向けた。
 ・・・今の今まで全くリナに気配を感じさせなかったそこには―――

「久しぶりだ、人間の娘・・・いや、リナ=インバース」
 
 竜族の長、ミルガズィアが静かに立っていた。