帝王の午睡



 ふぁぁぁ…。


 ぴんと張詰めた空気が覆う室内で、まさしく気が抜けるような音をたてたのは最奥に座した一人の青年だった。二十台前半だろうと思われる優しげな風貌の東洋系美青年が純白のスーツに身を包み、口元に手を当てている。
 先ほどの音は青年が欠伸をしたものだったらしい。
 
「…ボス。疲れたのか?」
 気まずい雰囲気漂う中、脇に立っていた黒髪の美丈夫が苦笑を浮かべて問いかけた。
「ん~」
 問いかけられた青年は、右へ左へと首を傾げる。
「疲れたっていうか…眠い」
 正直に告げられた言葉に座が凍りついた。
 見たところ、長テーブルに座る顔ぶれは強面の40,50あたりの中年連中が多い。彼等は青年の言葉に何ともいえない苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、表立って苦言を呈することは無い。彼等はボンゴレファミリーの幹部。そして、青年はそのファミリーのボスだった。
 それでも、中で一番顔がききそうな男が咳払いをして発言した。
「10代目。どうやら意見もそろそろ出尽くしたようですが、如何しましょうか?」
 10代目、と呼ばれた青年はにっこりと笑顔を浮かべた。

「ねぇ、意見色々聞かせてもらったんだけど…赦す必要ってあるの?」

 さぁぁと室内の温度が一気に下がった気がした。
 小首を傾げつつという可愛らしい仕草つきでありながら、物騒な内容だった。
 しかも笑顔だ。
「昨日も夜遅くてさ、ていうかほとんど寝て無いし」
 元家庭教師の暗殺者と現役ばりばりの金髪軍人が部屋で暴れていたので。
 全くいい加減にしてほしい。しかも原因は綱吉の土産の最後の一つをどちらが食べるか、なのだ。くだらないにもほどがある。
「これだけの顔ぶれ集めて会議なんてするほどのこと?」
 さっさと始末したら、と言外に告げる青年に幹部の一人が慌てだした。
「し、しかしっ10代目…ロッソファミリーは同盟ファミリーの中でも古株で…ボンゴレとの関わりも…」
「古株でうちと深い関わりがあるっていうなら尚更承知のことだよね。うちが麻薬に手を出さないっていう不文律は。…そりゃね、腐ってもっていうか腐りきってマフィアなんてやってるんだろうし、麻薬のまの字にも手を出したことが無いなんていうファミリーのほうが少ないだろうな、て俺も思うよ」
 多少ならば、目零してをしてやっても良かったかもしれない。
「だけど、自分のシマでやるんならともかくうちのシマに横流しして、そのせいで廃人になった連中も少なくない。おかげでお上からはどうなってるんだって抗議がくるし…隼人」
 青年はもう片方で背後を守るように立っていた隼人と呼ばれた青年に目配せした。
「こちらに」
 青年は、10センチ四方の白い箱をテーブルの上に置いた。
「是正勧告をしたのが一週間前。ロッソのドンからこれを貰ったのが二日前、だったかな」
 その通りです、と青年が頷く。
「プレゼントだって。笑えるよね」
 箱を開くと中には……どう見ても女性用のランジェリーと白い粉末の袋が入っていた。

「俺、馬鹿にされてる?」

 どう思う?と順繰りに顔を見られて幹部たちは、青い顔で口を閉じた。
 口調は優しいのに、笑顔だって浮かべているというのに…何故か断崖絶壁で紐なしバンジーをしろと強請られている気分になる。最近漸く29になり、30を目前に控えた当代は見た目は20台前半。ラフな格好でもしていれば10代でも通ってしまう。光の加減によっては金色にも見える栗色の髪と琥珀色の瞳は甘やかで優しく、覇気や威容とは全く縁の無い容姿だ。これがイタリアマフィア…いや、ヨーロッパマフィア全ての頂点に立つというボンゴレのボスなのだから詐欺のような話だ。就任当初はあまりの若さとその容姿に当然のことながら馬鹿にされ、なめまくられたが…それもすぐにぴたりと消えた。
 どれほど優しく寛容に見えようと、彼はボンゴレファミリーのドン。呪われたアルコバレーノに教育された至上最凶のボスなのだ。

「十代目!是非、ロッソのくそやろーの始末は俺にお任せ下さいっ!!」

 大人しく背後に控えていた青年…隼人と呼ばれたほうが…綱吉に願い出た。
 彼はそのプレゼントが綱吉の元に届いたときから(中身を確認する前から)キレていた。
 彼曰く、ロッソ程度が10代目に贈り物など許しがたい。本当ならば速攻でダストボックス行きで日の目を見ることは無かっただろうに、隼人が少しばかり席を外したその一瞬に綱吉のもとにそれは届けられてしまったのだ。
「十代目のお手を煩わせるまでもありませんっ!」
 仕事に関しては文句なく有能な隼人の言葉に、綱吉は頷いた。
「それじゃ、隼人。頼むよ…ついでにこれも突き返してきてくれる?」
「おまかせ下さい!」
 綱吉の言葉は神の言葉。いや、神さえ凌ぐ隼人にとっての唯一である。好戦的に目を輝かせる様は、ロッソファミリーが長くないことを知らしめる。恐らく明日…早ければ本日中にでも血の雨と木っ端微塵になったコンクリートが降り注ぐだろう。
「それでいいよね?」
 物騒な笑顔に、幹部たちは揃って首を縦に振った。













「あー、本当に、眠い・・・」

 会議場を後にした綱吉は、ふらふらと危なげに体を揺らしている。
「おいおい、ツナ…本当に大丈夫なのか?」
 その体をそっと支えながら山本が心配そうに顔をのぞきこんでくる。
「大丈夫、じゃない…」
 もう限界、と呟いた綱吉の体から力が抜ける。
 完全に意識を飛ばし重量の増した体を難なく抱え込んで、山本は笑った。
「ってめー十代目にっ」
「静かにしろって。ツナが目ぇ覚ますだろ」
 健やかに眠る綱吉の顔は穏やかで幸せそうだった。
「っ、最近、お忙しかったからな…」
 おいたわしい、と大げさに嘆く獄寺を放置して山本は出来るだけ振動を受けないように慎重に綱吉を限られた者しか立ち入ることを許されない領域へ運ぶ。
 またすぐに目覚めなければならないだろうが、それまでは。

「おやすみ、ツナ」
「おやすみなさい、十代目」