マンマミーア!



「オレがこんなこと言うのも難だけどさ……」
 綱吉は鎮痛な面持ちで、目の前に立っている大陸系東洋人の青年に愚痴を溢した。













「オレたち……マフィア、だよ?」












 事の発端は、縁あって預かることになった香港マフィアの長老の一人『大龍』の孫である青年の行動だった。
 彼は一時期香港警察に勤めていたこともあるという異色の、マフィアとは敵対する世界に住んでいた住人であったが、先頃めでたく足を洗い(汚しか?)、警察をやめた。
 これには本人よりも、後見人である大龍が一番喜んだらしいが、そんなこと綱吉にはどうでもいい。それよりも、何故か彼の身柄がボンゴレに預けられたことのほうが問題だ。
 いや、綱吉自身は彼がどこに居ようと彼が選んだことなら口出しする気は無い。勝手にすればいいことだ。そんなところは見かけによらず綱吉は結構ドライで、側近たちが密かに苦労している部分でもある。基本的に面倒くさがりなところは変わっていない。
 ただ、問題は……『とっとと自分のシマに帰りやがれ!』と綱吉の右腕である獄寺とことあるごとにぶつかりあうことだ。周囲に被害が及ばない小競り合いならば綱吉とて放っておくが、獄寺の武器はダイナマイト。どう考えても平穏無事に終わるはずがない。
 彼等が喧嘩をする度に、ボンゴレ本部の部屋が一つ、また一つと破壊されていく。
 正直いい加減にして欲しいと思っているのは綱吉ばかりでなく、経理事務を担当しているハルはキレる寸前だった。
 しかし、それもまぁ……何とか、どうにか我慢できる。
 我慢できないのは彼の行動だった。


 まず、彼は朝5時に起床する。刑事であった頃の名残らしい。
 そして、居候している屋敷の庭で太極拳を初め・・・それが終われば朝食。この時点で、綱吉はまだベッドと仲良くしている。夜が遅いのだから朝ぐらいゆっくりさせてほしい、というのが綱吉の主張である。
 そして、朝食をとり終わったリチャード(大龍の孫の名だ)は、綱吉がつけた二人のボディガード兼案内役をつれて『しのぎ』に出かける。当初は一人でいいと言ったリチャードだったが、その初日に迷子になりやがったのだ。彼は方向音痴らしい。
 ……ともかくその『しのぎ』というのは、ボンゴレのシマで麻薬密売、人身売買などという掟破りな真似をしている連中が居ないか確認し、居れば速攻で排除したり・・・安全に商売をするためにボンゴレと契約している各店からショバ代を徴収したり・・・本当に駆け出しの下っ端がするような仕事ばかりだが、とりあえずマフィアの何たるかを基本から知ってもらうために大龍直々にそうして欲しいと嘆願があったので、綱吉もやらせているのだが。

 はぁ。

 綱吉はボディガードにつけている二人から上がってきた報告書に目を通して、大きなため息をついた。ここ最近の綱吉の頭痛の種である。(それまで獄寺の行動が一番の頭痛の種だった)
 その報告書には、リチャードの一日の行動が書かれているのだが。

 麻薬密売人を見つけ、捕まえたまではいい。
 だが、リチャードはそいつを殺すのでも痛めつけるのでも無く、こんこんと説教した後に何と警察に突き出したらしい。

 突き出してどうするよ、おい。

 綱吉でなくとも突っ込みたくなるだろう。
 マフィアと警察、外側から見るほど犬猿の仲でもなかったりするが、それでも掟を破った相手を粛清もせず、警察に突き出したりしない。そんな赤っ恥にもほどがある。他のファミリーに知れたら、身内の恥も自分で処理できないのかと指差されて笑われれること請け合い。
 だが、リチャードの行動はそれだけに留まらない。
 彼はショバ代として徴収した金を、『戦争孤児に愛の手を』とか何とかいうボランティア団体に街で捕まり、丸ごと募金してしまったらしい。


 ボンゴレはいつから慈善団体になったんデスか?


 そんな報告書が山となり、綱吉をして『この人、ホント。マフィアとか向いてないんじゃないの……?』と思わせるほど。ある意味、警官になったのは正しかったんじゃないのかな~と今更思うぐらいだ。
 ……が、ゆくゆくは大龍の跡目を継ぐことはほとんど確実なリチャードだ。このへんでマフィアとしての自覚(・・・綱吉が言うなどちゃんちゃらおかしい、とリボーンには鼻で笑われそうだが)を促さねばならないだろうと決意した。
 そして呼び出してみた。



「ツナヨシ、呼んだか?」
「やぁ、リチャード。わざわざ悪い……っ」
 執務室に顔を出したリチャードは、綱吉に近づくと……否やを言う暇も無く、彼の手をとり、口付けた。イタリア男も真っ青な早業に綱吉の口元がひくつく。
 獄寺が居なくて良かった。居たら即座にダイナマイトが炸裂しただろう。
「今日も可愛いな」
「……」
 リチャードは山本や獄寺と張るぐらいに色男である。色町でも大変人気らしい。
 だが綱吉は男で、そんな褒め言葉を言われても嬉しくも何ともない。
 出会った頃はこんな風では無かった……はずだ。と思う。おそらく。
 やっぱり先のごたごた騒ぎで、どっか頭打っちゃったのかなと遠い目になる。
「ツナヨシ?」
「あ、うん。いや、ごほん」
 意味無い咳払いをして、無かったことにする。
「どう?イタリアにも慣れた?」
「問題ない。日々充実している」

 その充実、が問題なんですけど。

「あの、この間捕まえた密売人なんだけど」
「ああ、そのことなら。本人も麻薬をやっていたようで、今は更正施設に入っているらしい。今度面会にいって元気づけてやろうと思っているんだが」
「行ってどうすんのっ!?」
 それ、どっかのボランティアの仕事だから!と綱吉は突っ込みたい。
 はぁぁぁぁと深いため息が出る。
「……あのさ、俺が言うのもなんだけど」
「はい?」
「……マフィアやめたら?」
 どう考えても警察官のほうが天職に思える。……大龍には悪いけれど。
「そんなっ!」
 リチャードは顔色を変えて綱吉に詰め寄った。
「オレ、何かヘマしたか!?」
「ヘマ、て言うかさ……マフィアやってるより警官とかのほうが向いてるってういか」
「オレのどこがっ!?」
 全部だよ。
 綱吉は微妙な表情を浮かべる。
「抗争に明け暮れろとは言わないけどさ、……この間の休み。朝何してた?」
「町内の清掃作業だ」
「……。……」
 いや、悪いとは言わないけど。







「オレたち、マフィアだってわかってる……?」











「話は簡単だ」


「何が!?」
 どうしたもんだか、とリボーンに相談したらあっさりそう言われてしまった。
 そうだろう。昔からリボーンにかかって難しい問題だったものは無い。
「まかせておけ」
 にやり、と企みごと満載の笑みに……綱吉は大いなる不安を抱いた。
 超直感ならずともその不安が正しいことはこれまでの歴史が語っている。
 かくしてリチャードは会合の席に綱吉の護衛の一人としてついて来ることになった。



「クタバレっボンゴレっ!!」



 ただ今交戦中。
(話し合いで、つって言ったのそっちだろーっ!!)
 弾丸飛び交う部屋で、重厚な家具をバリケードにして綱吉は内心で叫んでいた。

「ツナ」
 話し合いの席で、獄寺に暴走されてはたまらないと今回は留守番をいいつけ、かわりに山本を連れてきていたのだが……山本は綱吉を安心させるように爽やかに笑い・・・
「ちょっと三枚に下ろしてくるぜ」
 物騒極まりない言葉を告げてくれる。
 しゃきーんっとしっかり手には刀が握られていた。
 山本はちょっとマフィアに染まりすぎだと綱吉は思う。頼もしい限りではあるけれど、嬉しいような悲しいような。
「……怪我しないでよ」
 心配性な綱吉の台詞にまかしとけ、と昔と変わりない頼もしい笑みでバリケードを飛び越え、銃弾飛び交うど真ん中に飛び込んでいく。
 綱吉とて昔のように守られてばかりの『ダメツナ』ではない。でも出来れば戦いは少ないほうがいいなーという平和主義というか、事なかれ主義は変わりない。
 そんな綱吉の横で、ジャキ、という聞きなれたくは無いけれど聞きなれてしまった銃の音が響く。
「リチャード?」
「相手から話し合いを持ちかけておきながら不意打など、まさに仁義に悖る」
 いや、仁義とか言われても。
「そんな相手に容赦などいらないだろ。……ふざけた真似を後悔する間など無くあの世に送ってやる……いや、それとも死の間際でさんざん苦しめて恐怖を味あわせてやるか。・・・ツナヨシはどちらが好みだ?」
「……。……」
 すみません。警察が天職だとか言った俺の言葉取り消します、と……どう考えても一般人とは思えない発言を繰り出すリチャードに、乾いた笑いが漏れる。
「・・・ま、まぁ出来るだけ穏便に、お願い、シマス……」
「わかった」
 本当にわかってくれたのだろうか、と不安を抱きながらツナヨシは山本と同じように飛び出していくリチャードを見送った。


「結局、一番マフィアに向いてないのはてめーだってことだな」


「リボーンっ!?」
 いったいいつやってきたのか、綱吉の背後に立っていた青年姿の(悔しいことに綱吉の背などとっくに追い抜かれている)元家庭教師様に驚きの声をあげる。
「ダメツナが」
 己の気配にまったく気づかなかった綱吉のことを、変わらない呼びかけで笑う。
「つーか!わかってたんならっこんなこと仕組むなよっ!!」
 そろそろ潰さないとダメかな~と思っていたマフィアとの降って沸いたような会合に、どうせリボーンが何か仕組んだのだろうと綱吉は狙いをつけていたのだ。
「いいじゃねぇか、余計な手間が省けただろうが」
 一石二鳥だ、と嘯くリボーンを背後からどついてやりたいと心底思った。
 実際そうすることなんて不可能であることは確実だけれど。

「マフィアに向いてないってわかってんならどうして、オレの家庭教師なんて引き受けたんだよ……」
 放っておいてくれたなら、きっと今頃平和ぼけした国で、上司の愚痴でもたれなら平凡なサラリーマンをしたいただろうに。
「まだそんなこと言ってんのか、ダメツナが」
「悪かったな」




「仕方ねーだろ。ママンに頼まれたんだからな」





「えっそれだけ!?」

 十数年目にして、発覚した事実に綱吉は目をむいて叫ばずにはいられなかった。


 マンマミーア!
 まさにそれ。