ちょっとした出来心なんです


 その日は、本当にムカつくことが連続で…さすがのダメツナも少々頭にきていたのだ。
 そんな訳で、いつもなら見てみぬ振りする行為に…ムカついた勢いのまま言ってしまったのだ。

「獄寺君!」












        そして、十数年後。



 何の因果か(いや確実に初代のせいだろうが)あれほど嫌がっていたボンゴレ10代目を襲名して数年。綱吉は気弱そうな外見に反して、歴代でも有数のドンとしてその足場を堅固なものとしていた。
 神と呼ばれた9代目に優るとも劣らず、とはもっぱらの評判である。
 …悲しいのか嬉しいのかは、置いておくとして。

 さて、そんなイタリアどころか世界に名を轟かせる暗黒街の住人である綱吉は、穏やかな光の降り注ぐテラスでティータイムと洒落こんでいた。今も昔も変わらず面倒くさがりな綱吉が十代目になって良かった、と心から幸せに浸ることのできる唯一の時間でもある。だって、『お茶を頼む』の一言で全て用意万端整えてくれるのだ。何て幸せ。
 そして、今日は眼下に獄寺とその部下たちの姿も見える。どうやら戦闘訓練の最中であるらしい。…軍隊でも無いマフィアがそんなことしてどうするのかとも思うが、獄寺率いる部隊は綱吉の警護や最前線での任務を常としている。致死率も高いので、死ぬたくなければ精進しろということなのかもしれない。
 綱吉の姿を見つけて直立不動で腰を直角に傾けて挨拶する獄寺ににこやかに手を振って…茶会の催しにと綱吉は見学することにしたのだ。
 さすが精鋭揃いだけあって、どいつの動きもいい。
 獄寺の武器はダイナマイトだが徒手空拳でも全く問題ない。その二つの攻撃を巧に使い分けながら部下たちの相手をしている。
 さすがだなぁ、隼人…と運悪くダイナマイトが直撃してしまった部下が視界の端に飛んでいくのを見ながら綱吉はしみじみと思っていたのだが……

「え」

 ふと、動きを止めた獄寺がやおら懐に手を入れた。
 獄寺は拳銃を扱えないことは無いが、ダイナマイトに比べれば十分ノーコンの類だ。リボーンには『てめぇは撃つな』と言われている。
 だが、懐から出てきたのは予想に反してそんな物騒なものでは無かった。

(あれは……)

 どこか見覚えのある……


「え…えぇっ!?」


 驚く綱吉に気づくことなく獄寺は、サン●オのキャラクターの絵柄がついたコンパクトのような蓋を開けた。そして・・・・
 ダイナマイト点火用に口に咥えていた煙草をそこへ押し潰したのだ。
 …………どうやら携帯灰皿だったらしい。
 しかも。

(あの灰皿って・・・)


「どこの世界に携帯灰皿(しかもキ●ィの絵柄)持ち歩くマフィアが居るってんだ」
「!?」
 背後から掛けられた声に、綱吉は僅かに肩を上下させた。
「…リボーン」
「油断してんじゃねぇよ」
「……お前だけだって」
 綱吉の元教師であり、今はボンゴレ専属の殺し屋であるリボーンがそこに立っていた。
 リボーンは綱吉に近づくと、不機嫌そうな顔で見下ろした。
「てめぇのせいだぞ」
「え、何が!」
「獄寺の奴があんなもん持って歩いてんのはお前が元凶だ」
「俺!?何で俺が……」
 濡れ衣だ、と叫びかけた綱吉の脳裏にはたと何かが浮かびあがった。




『ポイ捨てなんて最低だよっ獄寺君っ!』




「……あれ?」
 綱吉は何か叫んでしまったことを思い出した。
 まだ獄寺のことを名では無く、苗字で呼んでいた頃……気分的には遥か昔の話だ。
「え、いやっでもっ……俺は、あんな灰皿知らないって!」
「当然だ。あれは俺が獄寺に渡したもんだからな」
「はぁっ!?」
 獄寺の身につける洗練されたシルバーアクセの中で、その携帯灰皿のファンシーさが逆に禍禍しい。
 はっきり言えば絶望的に似合わない。
「お前からのプレゼントだと言ってやったら涙流して喜んでたぞ」
「あんた人の知らないとこで何やってんのっ!」
 リボーンは綱吉の叫びを鼻で笑う。
 このぶんでは、他にも綱吉の知らないところで『綱吉からのプレゼント』がありそうで恐い。
 眼下に再び視線を戻すと、獄寺がそれはそれは大事そうに●ティちゃんの灰皿を胸元にしまっていた。

「………」



 ほんの出来心だったんです。