お忍行


 綱吉がイタリアに渡って数年。
 ストレス溜まりまくる環境の中、その発散方法はお忍びでの甘いもの探訪である。

 そんな訳で今日も今日とて、お気に入りのパスティチェリーア(ケーキ屋)に顔を出す。ついて来ようとした右腕には『これをどうしても明日までに仕上げて欲しいんだ。お願い。隼人じゃないと任せられない』と言えば、速攻で姿を消した。ある意味一番扱いやすい人間なのだ、彼は。
 山本の場合はそういう手段は使えない。なので、了平と共に近所の抗争に送り出した。あの二人だと止める人間が居ないので(…いや、待てよ。ボンゴレで止め役なのって…オレだけじゃんっ!?)際限無く壊滅させて帰ってくるだろう。
 雲雀は元々群れるの嫌いなので、綱吉の傍にひっついていることは少ない。面白そうな(ヤバそうな)事が起きなければ出てくることも無いだろう。
 一番厄介なのは、やはりリボーンだろう。殺しの依頼でもあれば綱吉に告げることもなくいつの間にやら姿を消しているが、そうでなければお目付け役のように傍に居る。あるとき、『オレの傍にばっかりいて飽きない?』と尋ねたところ、『飽きる?はん』と鼻で笑われ複雑な心境になった。…確かに綱吉の周りは退屈とは常に無縁な世界だろう。
 そんなわけで、綱吉はビアンキと取引した。取引したというよりはリボーンの居場所をリークした。…この手段は後の報復(もちろんリボーンの)が恐ろしいのでなかなか使えないのだが……かれこれ二ヶ月ぶりのチャンスだ。報復とチャンスを計りにかけて、ほんの僅かだったがチャンスが勝った。
 そして、綱吉はメッセンジャーボーイのような格好に着替えると(…こうすると誰もボスだと気づいてくれないというのは何だか悲しいけれど)堂々と正面玄関から脱走を果たしたのである。




 お気に入りのパスティチェリーアは、大通りから二つ通りを入った目立たない場所にある。こじんまりした石造りの可愛らしい建物…というよりは家だ。テラス席は二つだけ、中にも四つほど席があるだけ。綱吉が顔を見せるときは、いつも埋っている。
 そして今日もいつものように埋っては居たが、いつもと違ったのはそのテラス席に座っている人間が知り合いだったというだけで…しかも、『仕事中』らしい。綱吉の知り合いの『仕事』など自分もマフィアであることを考えれば、清く正しい間違っても慈善事業などではないことはわかる。
 何もこんなところでお仕事しなくても…と思った綱吉は、被っていたベレー帽を目深に被り直す。見つからないうちにさっさと退散するべきだが、せっかくここまで来たのだ。ケーキの一つや二つ口にしてから帰りたい。
 そろりそろりと、彼らの話の邪魔をしないように脇を通りすぎ……


「よぉ、ツナ」


 ……どうして気づかれたんでしょうね?
「……こんにちは、ディーノさん」
 他人の空似ですと言っても部下つきのディーノが騙されてくれるはずも無い。綱吉は諦めて挨拶を返した。
「今日はえらく可愛い格好してんだな」
「可愛いって何ですか。それより…お仕事の邪魔しちゃ悪いですから…」
 失礼を…と立ち去ろうとした綱吉の腰を掴むと、ディーノは軽々と持ち上げて自分の膝に座らせた。
「ちょ…っ」
 いったい何をし始めたんだこの人は!?と目を見開く綱吉ににっとカッコ良く笑ったディーノは、向かい合っていた商売相手に『これ、うちのメッセンジャーボーイだから』と紹介してくれた。
 ……すみません、オレこれでももう26になるんですけど……?
「ほぅ、そうですか」
 あんたも(て誰か知らないけど)何を納得してんだよ!
「結構有能なんだぜ、な」
「……アリガトウゴザイマス」
 台詞を棒読みした綱吉にジト目で見られてディーノは苦笑した。
「新作ケーキ3種類」
 そして提案する。
「Si!3種と言わず全種類でもいいぜ」
 綱吉の甘いもの好きを知っているディーノは取引に頷く。
「そんなにはさすがに食べられません」
 そしてディーノは慣れた仕草で部下に注文を伝え、店主はいかにもな顔ぶれの中へ動じることなくケーキを運んできた。
「あれ?ジェラートがついてる」
「いつも贔屓にしてくれるサービスさ」
「グラッツェ!」
 満面の笑みをサービスした綱吉は、クランベリソースの掛かったチーズケーキから攻略にかかった。
「旨そうに食べるなぁ…」
 感心したような声が上から掛かる。
「そりゃ、美味しいですから」
 ディーノさんも食べます?とフォークに一口分を突き刺して差し出すと、『ありがたく』とディーノはそれを口に入れる。
 まるで熱々のバカップルそのものといったシチュエーションに(本人たちにその自覚は皆無でも)、ディーノの部下は目を逸らし、取引相手が軽く咳払いした。
「あ、すみません。邪魔しちゃって……」
「気にすんなって」
 お前が言うな、とツッコミたくなるのを我慢して綱吉は意識をケーキに集中させた。




「ツナ」
「はい?」
 ほくほくと名残惜しくも最後の一口を口へと運び、呑み込む瞬間までその甘美な味に酔っていた綱吉は、呼びかけられて、ほけっとした顔でディーノを見上げた。
 まるで無防備なその様子にさすがのディーノも苦笑を浮かべる。イタリアどころか世界でも有数のマフィアのボスがこんなに可愛らしくていいものか。
「あれ?話は終わりました?」
「ああ。終わったつーか……打ち切った」
「は!?」
「何かな~あいつ気に入らなくてな」
 ケーキに夢中になっている綱吉の全身を舐めるように見ていた男が不快だった。
 この存在がどれほどに稀有なものかも知らず、下衆な視線で貶めるなど万死に値する。
「えぇ!?そんなことでいいんですか!?」
「いいのいいの」
「軽っ」
「ところで今日は一人なのか?あいつらどうした?」
「え、いや、まぁほら。オレだって一人で出かけることくらいありますよ!」
 笑顔で答える綱吉の背に冷汗が浮かんだのは秘密だ。
 ボスとして綱吉の気持ちがわからないでもないディーノは、それ以上追求はしない。
「それじゃ、オレも仕事無くなったし。もうちょっと付き合わないか?」
「え、いや、えーと」
 ディーノと一緒だともれなく彼の部下もついてくる。
 それではお忍びの意味など全く無い。
「オレじゃダメか?」
「いや、ダメとか言うんじゃなくて……ああ、もうわかりました!もう絶対ワザとでしょうっ!ディーノさんにそんな風に言われてオレが断れるわけないじゃないですか!」
「あはは、悪いな」
 ちっとも悪いと思ってない顔で言われても……。
「じゃ、どこに行…」



 ガチャ。



 嫌になるほど聞きなれたその、撃鉄を上げる音に綱吉は笑顔のまま固まり、ディーノは乾いた笑いを漏らした。

「見つけたぞ、ダメツナ」
「……やぁ、リボーン」
 頭に銃口を当てられたまま振り向いた綱吉は……そこにあったリボーンの顔を見て、死ぬ気で逃げ出したくなった。
どこに行くって?」
「あはは、どこかな~……そういえば、リボーン。ビアンキは?」
「愛人の一人も御せずに殺し屋なんぞやってられるか」
 無茶苦茶男らしい台詞ですね、リボーンさん。
 綱吉は、はぁと息を吐き出した。
 ゲームオーバーである。
「すいません、ディーノさん。お迎えがきちゃったので帰ります。遊びにはまた今度」
「おう、今度な!」
 今の今までディーノの膝の上に乗っかっていた綱吉が、身軽に飛び降りる。
 このどこからどう見ても10代のメッセンジャーボーイが、ボンゴレのボスだなどと言っても誰も信じれてはくれないだろう。冗談過ぎるぞと笑われるのが落ちだ。
 数年前までは童顔がコンプレックスだった綱吉は、最近はそれを逆手にとって周囲の目を眩ます術を覚えたらしい。開き直ったのだ。
 余計なことばかり上手くなりやがる。
 ちっと舌打ちしたリボーンに、いつの間に用意したのか『ほら、お土産』と紙包みを示す。
『帰ったら食べようね~』と笑う綱吉に、脱力した。

「……帰るぞ」
「うん」

 二人は仲良く肩を並べて家路を辿るのだった。








「帰ったら、仕置きだぞ」
「は!?」
「まさかオレを嵌めやがったことを忘れたわけじゃねぇだろうな?あぁ?」
「……(汗)」