忘却
知らなかった。
いや、知っていた。
知らないふりして、忘れていただけ。
オレの周りは美男美女ばかり。
クソ生意気なただの赤ん坊だったリボーンも、いったいあの体にどんな遺伝子が入り込んでいるのか想像できないような美少年に育った。親友の山本は、裏表のなさそうな(あくまで外見だけだけど)爽やかな好青年に渋みが増して玄人女には大層もてる。
右腕なんだか下僕なんだかとりあえずの口癖が『素晴らしいですっ10代目!さすがです10代目!』の獄寺も、あの崩壊した顔を晒さなければかなりの美形だ。外国人らしい掘りの深い風貌に東洋人の血がオリエンタルな魅力を付け加えている(らしい。)その姉であるビアンキも、リボーンが絡まなければスーパーモデル顔負けのスタイルと美貌を誇る。
群れるのが嫌だと気まぐれに現れる雲雀だって口を閉じてトンファーを振り回さなければ、サナトリウム系の美青年だ。
そして綱吉の兄貴分であるディーノ。どんな女の子でも一度は夢見る『金髪碧眼』の王子様的容貌で、懐は広いし頼もしいしお金持ちだし言うことない(ただし部下が居れば。)
その他諸々、思い出す限りの顔を頭の中で並べるにつれ……甲乙つけがたい美形ばかりだ。
ただ一つのみそっかすは、オレ。沢田綱吉。
何の因果か(明らかにオレは被害者だ)ボンゴレ10世になってしまったオレだけ。
勉強もできない。
スポーツもできない。
顔も平凡。
とりえの一つも無い。
そんな『無い無い』尽くしな自分に、一番先に愛想を尽かしたのは他でもない自分。
まだ、ダメツナという愛称(?)がつけられていなかった幼い子供の頃。
おもちゃがあった。
透明な積み木の中に色とりどりの綺麗な石が入っていて、動かすたびに綺麗な音をたてる。子供たちの一番人気のおもちゃだった。綱吉も大好きだった。じっと見ているだけで幸せな気分になれたから、他の子たちみたいに全部じゃなくても、一つだけでも満足できた。
だけど、いつも威張っている男の子が、綱吉がもっているそれを横取りしようとした。綺麗な積み木で車を作っていた彼は、自分が持っているものだけでは足りなくなったのだ。
諦めることになれていない子供のころのこと。綱吉も初めのうちは『いやだ』と抵抗した。放さないあちらとこちらで引っ張りあいになった。だけど。
『なきむしのよわっちい、なんにもできないツナのくせにっ!』
どんと胸を突かれた綱吉は、あっけなく後ろに尻もちをついて積み木を奪われてしまった。
男の子はそれきりツナのことなんてお構いなしに、横取りした積み木を作っていた車の一部に置きに行く。
その瞬間に、綱吉の小さな体いっぱいに膨れ上がった凶暴な衝動。
それは、オレの、もの!
オレの!
何もかも滅茶苦茶にして壊してしまいたい。
綱吉のものを、奪った男の子も。
綱吉の手から離れてしまった積み木も、全部。
ぜーんぶ。
「あ…あぁ…」
だが、その思いが弾ける前に綱吉は我にかえった。
恐かった。
綱吉に乱暴を働いた男の子ではなく、自分が。
独占欲を、こんなにも簡単に破壊欲へと変えてしまう自分の心が。
こんな恐ろしい思いを抱くくらいなら、何も欲しくなかった。欲しがりたくなかった。
綱吉は諦めることを覚えた。
自分は、『弱くて何も出来ない』人間なのだから、何かを欲しがったりしてはダメなのだ。
それから綱吉の『ダメツナ』人生は本格的に始まった。
本当に昔のことだったから。
綱吉は、自分の中にそんなモノがあることを忘れ果てていたのだ。
今このとき。
自分の手から、彼らが奪われそうになる瞬間まで。
嫌だ嫌だと言いながら、綱吉は彼らを『自分のもの』だって、とっくに決めてしまっていたのだ。何てことだろう。
「…泣くなよ、ツナ」
「10代目っ!お怪我は!?」
「ツナ、大丈夫か?」
「………ち」
誇張でも何でもなく、まさに血の海にただ一人立ち尽くす血まみれの自分たちの主。
転がる無残な死体の山を作り出したのはその人。
普段は気弱な笑みを浮かべているはずの顔を能面のようにして、殺戮の余韻など感じさせず静かに。
足元には無数の薬莢。銃弾。
手にはグローブ。
「ツナ!」
「綱吉!」
「10代目!!」
糸が切れたように、かくりと膝を折って倒れていく彼を、彼らは支えた。
綱吉の口から小さな声が漏れる。
「…の」
息を呑む。
「オレ、の……みんな、オレの…だ…」
まさか。
聞けるとは想像だにしていなかった、その言葉に。
彼らは目を閉じ涙を流し、歓喜に震えた。