琥珀の誘惑


 ボンゴレ十代目とヴァリアーは、仲が悪いと言われる。
 それはヴァリアーが9代目亡き後も未だに9代目直属と称していることもあるし、守護者とヴァリアーの幹部がかち合うと必ず喧嘩が勃発し、周囲に散々たる被害を齎しているせいもある。
 しかし、綱吉はヴァリアーの連中を特に嫌ってはいない。
 ザンザスにはかなり酷いことをされたし(自分だけで無く周囲の仲間たちにも)、それは『ああそう』ですませるようなものでは無かった。しかし、ザンザスの言い分もわからないでも無い。同情なんてすればそれこそ憤怒の炎で乗り込んでくるだろうが・・・。

 だから、スクアーロが報告のためにボンゴレ十代目の本邸に居ることも不思議では無い。凶暴な言動にはそぐわないお人好しと言っても良い彼は、ヴァリアーに関わる雑事の悉くを引き受けている。他にまわそうものなら100%の確立で放置されるのがわかっているから。武闘集団との名の通り、彼らは戦闘力においては他の追随を許さないが事務処理については・・・。

「ご苦労様、スクアーロ」
「おぉ¨・・・っ」
 にこりと笑ってスクアーロを出迎えたボンゴレ十代目、沢田綱吉はそろそろ30に近いというのに10代に間違えられかねない恐るべき童顔だ。これを普通に見てマフィアのボスだと言い当てる奴は居無いだろう。ましてやマフィア最大勢力のボンゴレの。
「時間はある?ちょっと話があるからお茶でも飲んでいきなよ、ね?」
 確かに時間はある。ザンザスが無茶苦茶な我が儘を言い出さない限りは。
「日本茶で良い?この間、飲んで気に入ってただろ?」
「あ゛ぁ」
 綱吉とスクアーロは密かなる茶のみ友達と言っていいかもしれない。お互いに…無茶苦茶な守護者と無茶苦茶なボスを持った者同士、その苦労には共感して余りある。
「はい、どうぞ」
「・・・・」
「実はこの間、事務の人が定年でやめちゃってね・・・」
 マフィアに定年などというものがあったなど初耳である。
「大変なんだよ。・・・ヴァリアーは良いよね。スクアーロが十人分の仕事はしてくれるもの。この報告書も細かくよく出来てるし。ザンザスは良い部下を持ってるよ」
 スクアーロは褒め言葉に無言で茶をすすった。
「スクアーロが居なくちゃ、きっとヴァリアーは半分も機能しないだろう」
「おい゛綱吉・・・」
 今日はやけに褒めあげてくる綱吉に、居心地が悪くなってくる。
「あのザンザスの我が儘にだって対応しちゃうんだから凄いよね!」
 初め聞いた時は、いったいどこの我が儘坊ちゃんで、その爺やなんだって思っちゃったけど、と。
「スクアーロは恐い顔してても優しいもんね」
「・・・・・・」
 綱吉の琥珀の眼差しがぴたりとスクアーロに照準を向ける。
 長い歴史の中で育まれた宝石の名は、その流れるボンゴレの血にふさわしく神秘的で…わかりやすく感情を顔に表すくせに、その瞳は宝石のように無機的でもあり、有機物のぬくもりも感じる。
 掴みどころなくゆらゆらと精神の奥深くを揺さぶり、包み込んでいく。
「スクアーロ」
 耳に入り込んでくる、静かな誘惑の声。
「俺のものになって・・・?」
 いつの間にか至近距離に迫っていた琥珀に、スクアーロは身動きすることも出来ない。
 互いの吐息さえ触れそうな。









「ツナヨシっ!!」












 スクアーロの横を執務室の重厚な扉が飛んでいった。

「あ、ザンザス」
「・・・このカスがてめぇ・・・っカッ消す!!」
「う゛ぉっ、何だこのクソボス・・・っ」
 ずかずかとスクアーロに歩み寄ったザンザスは憤怒の眼差しで胸元を掴みあげると、そのままスクアーロを窓に向かって投げつけた。
「お゛ぉぉぉ゛・・っ!!」
 防弾仕様のはずのガラスが粉々に砕け散り、きらきらと飛散する。
「あー・・・・・」
 それを綱吉は修理額を脳裏に弾きながら眺めるしかない。
 そして、窓の向こうに消えていったスクアーロを追悼した。
 普段は面倒だと本邸なんかに近寄りもしない癖に。未だに憤怒の表情のままでザンザスは綱吉を睨みつけている。
「てめぇ・・・何をしてやがった」
「何って」
 こくりと首を傾げる。
「ヘッドハンティング?」
 事務の優秀な人材で定年でやめた。だからそれに代わる人材をと手っ取り早く目星をつけたところ、スクアーロに白羽の矢が立った。・・・本人には非常に不幸なことに。
 だから綱吉はヴァリアーからの転職を提案してみたのだが。
「何だよ。そんなに大事ならもっと大事にすれば良いのに」
 普段は散々虐げている割に、こうしてスクアーロの危機?を感知して乗り込んでくるほどザンザスはスクアーロのことが大事なのだと、綱吉は思った。
「っざけんなっ!!!」
「照れなくても」
 恐怖の代名詞とも言えるザンザスにも全く構うことなくこんな台詞を吐けるようになるくらいには成長したのだ。十年前の綱吉が見たらきっと涙を零して感動してくれるに違いない。
「カス鮫がどうなろうが知ったことじゃねぇっ!!」
「だったら何が問題なのさ?いらないなら俺に頂戴」
 人材不足。それは綱吉の睡眠不足にも繋がる。冗談のようで、綱吉はかなり本気だった。
 厄介な・・・誰彼構わず誘惑する琥珀の瞳は、ザンザスを無邪気に見上げてくる。
 欲しい欲しいと頑是無い子供のような台詞を口する綱吉は、その願いがかなりの確立で適えられてきたことを自覚してはいないだろう。庶民派だと座右の銘のように口にする綱吉は、強大な権力と無尽蔵な財力を継承したというのにそれらを使って欲を満たそうとはしない。それらが自分のものだという意識が無いらしい。綱吉が願いを口にすることは少ない。だからこそ周囲の人間は偶にその口から零れる些細な願い事を全身全霊で適えようとするのだ。
「俺のモノは俺のモノだ」
「何だよ、それ。ジャイアンかよ」
 ぶーっと子供のように口を尖らせる。
「ま、でも仕方ないか。スクアーロもヴァリアーから離れるわけは無いし」
 ふふ、と穏やかな慈悲にも似た光を混ぜて琥珀がザンザスを貫く。
 魅入られる。
「何のかの文句言っても、ザンザスの我が儘を聞いてみせるのはきっと愛されてるからだもの」
 ざっっとザンザスに肌に鳥肌が立った。
 どんな勘違いと錯誤を起こせばそんな考えに到達できるのか。

「ツナヨシ、一度死んでこいっ・・・っ!!」
「え、何で怒るのさ・・・っもう!」
 飛んできた憤怒の炎をハイパーモードの炎で迎え撃つ。
「ここ俺の執務室なんだからね・・・っ!!」
 弁償してよっ!!と叫びながら綱吉は応戦する。
「黙れっ!!」
「そっちこそ氷漬けにするぞっ!!」















「俺は貧乏くじか・・・・?」
 スクアーロは飛ばされた枝の先でやさぐれていた。