逆鱗


 綱吉は人間の三大欲求と言われる、食事と睡眠をこよなく愛している。
 リボーンには『お前が殺されるのは間違いなく食ってるときか、寝てるときだな』と言われるほどに心ゆくまで食事を楽しみ、安眠を貪っている。
 何故ならば。
 食事をしている時か、寝ている時にしか安息が与えられないからだ。
 ああ、昔が懐かしい。
 ビバ、ダメツナ。
 それにしてもおかしいことだ。イタリアにはシェスタという素晴らしいお昼寝タイムがあると聞いたことがあるのに、未だに綱吉はそれを満喫できた試しが無い。
 昼間は表の稼業で働き、夜はマフィアの会合やら抗争やらで忙しい。綱吉はスーパーマンでは無いので、人として睡眠時間は確保できなければ死んでしまう。食事だって同じく。
 どこかの非常識な人たちと違って、綱吉は全うな普通の平凡な人間なのだ。
 故に、綱吉と食と寝具にかける情熱は留まるところを知らない。

 ちなみに本日のディナーは、何とカツカレーである。銀糸の刺繍を施されたテーブルクロスの上にカツカレーが白い陶磁器に厳かに盛られている。カツが黄金色に輝いている。
 イタリア料理もフランス料理も、スペイン料理も中華も豪華なものにはすぐに飽きた。最初こそ、歓声をあげて喜んでいたが、庶民派を自認する綱吉には合わなかったらしい。確かに味は美味しかった。伊達に一流シェフを雇っていないな、ボンゴレ。だが、綱吉が求めているのはそれでは無い。
 高くなくても良い。ただ、慣れ親しんだ味。日本の洋食。和食。おふくろの味!!
 それこそが綱吉を真に満足させてくれるのだ!!
 ・・・と熱く当のシェフに語ってみたところ、彼は孤軍奮闘して(何と!日本までその味を修行に行ってきたという!)綱吉に色々な料理を供してくれることとなった。何て素晴らしい!普通なら料理人の矜持にかけてそんなものは作らないと言いそうなのに。柔軟な思考の持ち主で良かった。彼の給料は是非とも大幅UPして、他所に移らないように脅…いや、圧…いや、お願いしておこう。

「涎をたらすな、ツナ」

 リボーンから呆れたように小言が飛んできたが、最早綱吉には届かない。彼の目はひたすらにカツカレーに注がれていた。
 リボーンは溜息をつく。
 ・・・いったい何処の欠食児童だ、お前は・・・・
「だってリボーン!カツカレーだよ!カツカレー!カレーにカツが乗ってるんだよっ!!!!」
「・・・・・・・・・さっさと食え」
 とてもでは無いが、部下にはこんなボスの姿は見せられないだろう。
 絶望して死にたくなるに違いない。
 リボーンですら己の教育について自信喪失しそうになった。アルコバレーノの自信を喪失させるなぞ、ある意味大物だ。











「うー、食った食った・・・」
 心ゆくまでカツカレーを堪能した綱吉は、再び執務室で決済待ち書類に取り掛かった。今日は久しぶりに何の会合も抗争も無く、何事も起こらなければこれが終われば就寝だ。
 綱吉のベッドは当初、かなりのふわふわベッドだったが、どうもあまりにふわふわすぎて逆に寝心地が悪かった。多少固めの素材に変えてもらい、枕も特注の低反発枕だ。キングサイズのベッドはどれほど寝相が悪くても床に落ちることは無い。
 目を瞑って眠りに落ちるあの瞬間の至福ときたら・・・・・

「手が止まってるぞ、ツナ」
「ぅおわっ!」
 手元を見れば、サインが恐ろしいほどに乱れていた。まぁ、大目に見てもらおう。
 書類の嵩も後1センチほど。頑張れ、俺!
「これが済んだら今日のぶんは終わりだよね」
「ああ、そうだぞ」
 リボーンのお墨付きも貰い、綱吉は安心した。
 自然とサインをする手も軽やかになる。
「今日は平和な日だったね、リボーン」
「・・・まぁ、そうだな」
 いつもならば、リボーンの位置に居るはずの獄寺は室内でダイナマイトを爆発させようとした罰により綱吉から三日間の立ち入り禁止の刑に処された。十代目命の彼にとっては、かなりの処罰だっただろう。『じゅうだいぃぃっめぇぇっっ~~~~っ!!!!』と泣き叫びながら引きずられていったのは今から数時間ほど前の出来事だ。

「よしっ!これで最後っ!と」
 さらさらっ!と万年筆を走らせて綱吉はフィニッシュを決めた。
「それじゃっおやすみ!」
 言うや彼は隣室に消えている。何と素早い動きだろう。死ぬ気モード並だ。
「・・・・・・」
 リボーンは何故か虚しくなり、屋敷内に与えられた自分の部屋に戻ろうことにした。
 ・・・のだが。


「う゛ぉぉい!!」
「ツナヨシ!!」
 夜もふけて、バリアーのトップとセカンドがいったい何の用事なのか。
「静かにしろ」
 リボーンにしては珍しくも、全うな忠言だった。
「あ゛?」
 しかし、悲しくもリボーンの仏心は彼らには伝わらなかったらしい。目つきを更に悪くして睨みつけてくる。凄んでも影響の無い相手にする行為としては無駄でしかない。
「ツナヨシはどこだ?」
「何の用だ」
 ボンゴレ本部とヴァリアーの仲はお世辞にも良いとは言いがたいが、全く敵対しているわけでもない。しかし、ヴァリアーの人間がこの本邸に顔を出すのも珍しい。
「これは何だ!」
 ザンザスが取り出したのは、一枚の上質な紙。綱吉のサインがある。
 内容は、今年度のヴァリアーの予算縮小について。
 そう言えば、昨日処理をしていたもののはずだ。ヴァリアーに通達がいくのはもう少し後になるはずだったのにもう嗅ぎ付けてきたのか。・・・おそらくマーモンあたりか。さすが金の亡者。
 獄寺は『文句を言ってきませんかね?』と危惧していたが、綱吉は気楽なもので『だってあいつらボンゴレが予算出さなくっても自分である程度稼いでくるでしょ?今は不況の真っ只中なんだし、ヴァリアーの連中にも経費削減してもらわなくちゃね!』と言っていた。綱吉の金銭感覚はけち臭い。
「何も、書かれた通りのことだ」
「ふざけるな!ツナヨシはどこだ!!」
 いちいち隠すほどのことでもなく、忠告もしてやった。
 どんな目に遭おうとそれは自業自得である。
 リボーンは隣室を指差した。
「寝てる」
「・・っカスがっ!!:
 ザンザスは大股で歩み寄り、隣室の扉を開けると・・・
「おいってめぇっ・・・」
 リボーンは心の中でカウントダウンしながら、そっと執務室を後にした。

 5、4、3、2・・・





 黄金色の火中が夜空を昼のように染めた。






 綱吉は食事と睡眠をこよなく愛している。
 だからこそ、それを邪魔する相手には容赦しないのである。