真珠
転がっているソレを見ながら綱吉はまるで涙のようだな、と思った。
綱吉は宝飾品の類を身につけることをあまり好まない。
指輪は武器を持つのに邪魔になるし、ブレスレットもネックレスも動くので落ち着かない。だから綱吉が身に着けているそれらしいものといえば、時計くらいのものだ。
そんな綱吉に、ボンゴレファミリーの幹部の一人がプラチナの十字架がついた真珠のネックレスを贈り物として差し出した。最初こそ受け取りを渋っていたものの、その男の綱吉を見る目があまりにも綺麗でついつい受け取ってしまったのだ。
その男は、最近幹部になったばかりで、どうしてマフィアになんてなろうと思ったのか、綱吉でさえ不思議に思うほどに人のいい男だった。出来るだけは争いは避け、出来れば話し合いで片がつけばいいと思うような、そんな男だった。
世間も何かとうるさい昨今、そういう男も必要かもしれないとどこの誰だか知らないが考えたらしい。
まぁそれはいい。十人十色というように、十人居れば十人それぞれ違う考えを持っているものだから。
男は、綱吉がそれを首にかけているのを見て本当に嬉しそうに笑った。
その笑顔を素直に受け取れないのは、綱吉がもう日本に居た頃の子供ではないからだ。 リボーンにマフィアのドンしての全てを叩き込まれ、イタリアに渡り、10代目を継いだ綱吉は、目の前の男よりずっと狡猾で卑怯で汚れている。
人を殺すことにも、裏切られることにもさしたる痛痒を感じない。
だから、目の前に横たわる男が、『あなただけは違うと思っていた』なんてことを言い残したことにも何も感じない。
ただ……
死ぬ直前に男が打った弾丸が綱吉のかけていたネックレスを掠り、糸が切れたらしい真珠がドス黒い血の上を転がっている。
まるで男が流した涙のようだ。
「お前は、生きる場所を間違えたんだよ」
献花のかわりに言葉を贈り、綱吉は発砲した熱が残る銃を胸にしまう。
ほら、生きているはずの綱吉より無機物の銃のほうが余程、熱い。
「行くぞ」
促すリボーンの声に、男に最後の一瞥を与えると踵をかえして歩き出した。
「十代目!」
迎えの車の前に、獄寺が待っている。
山本はボンネットに腰を預け、よっと綱吉に手をあげる。
「死体は適当に処分しておくよ」
擦れ違いざまに雲雀の声が耳をかすめ、頷いた。
人を殺すことにも、裏切られることにもさしたる痛痒を感じない。
けれど。
だからこそ。
この『日常』を奪われることは許せなかった。
ただ、それだけのこと。