5.5 episodio 2


 身支度を整えに別室に移動した綱吉を見送り、リボーンとコロネロは微動だにしなかった。
 ディーノも一旦キャバッローネの別宅に戻り、獄寺は『十代目っ十代目!』と綱吉についてき、二人だけが残っている。
 彼らはこの世に生まれ出でた瞬間から、同じ呪いをその身に受けて同じ時を生きてきた。
 最も最強のヒットマンとしての道を選んだリボーンと、軍人として生きてきたコロネロでは環境も考え方も違う。どちらも恐ろしく強く容赦無いという点は同じだが、多くの不特定多数の人間と関わりながら生きてきたコロネロのほうが、どちらかといえばというレベルでしかないが『人間臭い』ことは確かだった。
 甘ったれたダメツナが頼ろうと血迷う程度には。



「何だコラ」
 リボーンから放たれる無言の殺気にコロネロの眉が寄る。
「言いたいことがあるなら言えコラ」
「それはこっちの台詞だ。…ボンゴレを敵にまわしてぇのか?」
 綱吉の逃亡劇に荷担しようとしたコロネロ。綱吉の意思がどうあれ、彼がボンゴレの十代目を継ぐことは決定事項なのだ。
 それを邪魔するということは、ボンゴレを敵にまわしたも同然。いくらアルコバレーノとは言え、イタリアマフィア最大勢力であるボンゴレを敵にまわせば、ただでは済まない。待ち受ける先にあるのは……『死』だ。
「…あいつは逃げたがってるぞコラ」
「そんなものは今さらだ。あいつだって、もう逃げられねぇことはわかってる。往生際悪く足掻いてやがるだけだ」
「あいつは本気だったぜ」
 そう、確かに綱吉は本気で逃げたがっていた。
 それを感じたからこそ、コロネロも己自身でも思ってもみなかった言葉が口をついて出てしまったのだ。
 ボンゴレを敵にまわすとか、そんなもの考える間もなく。
 ……不思議なものだ。コロネロはリボーンのように始終綱吉の傍に居たわけでは無い。むしろ片手の指で数えるほどの回数しか顔を合わせていない。言葉を交わしたのもわずかだ。
 それなのに、綱吉という存在はコロネロの心をざわめかす。
 どんな状況にあっても常に冷静であれ、と軍人に叩き込んできたのは他ならぬコロネロ自身だというのに。
「…そうだ、本気だ。何でもなし崩しに受け入れやがるくせに、ボンゴレのボスになることだけは本気で拒否している」
「わかってんなら…っ」
「だが、あいつがボスだ。あいつだけがボンゴレ十代目だ」
「………」
 己自身にさえ言い聞かせるようなリボーンの台詞にコロネロは口を閉ざした。
 コロネロと同じように、リボーンも綱吉が関わるときだけ『らしさ』を失う。
 かのアルコバレーノと畏れられた自分たちの、この体たらく。……笑えてくる。
「あいつ以外の誰かがそれを名乗るなら………殺す
「てめぇ…」
「それを邪魔する者も」
 抑揚の無い声に現れたリボーンの執着の激しさに、コロネロの肌が粟だった。
 まさか。そこまで。
「そこまで…あいつに入れ込んでやがるのか、てめぇともあろう奴が…」
「オレはあいつの家庭教師だ。オレの仕事はあいつをボンゴレ十代目にすること、それ以上でも以下でもない」
 誤魔化しだ。
 自身への言い訳。
「用は済んだ。とっととマフィアランドに帰れ」
 コロネロの眉間に皺が寄った。
 急に呼び出しておいて、用が済めばお払い箱か。
「オレはてめぇのパシリじゃねぇ。…命令したいならスカルを呼べコラ」
「鬱陶しい」
 リボーンへのトラウマを抱くスカルは、それを克服しようと常に敵にまわる相手だ。リボーンに敵愾心を抱くスカルだが、綱吉にはそうでも無い。綱吉の方も、いつもリボーンに『泣かされる』スカルに仲間意識を抱いているらしい。だからこそ、今、綱吉にスカルを会わせるわけにはいかない。逃げ道は確実につぶす、それがリボーンだ。
 コロネロは、一度リボーンから視線を外すと…再び向き直り、にやりと笑った。

「綱吉が望むなら、俺はボンゴレを敵にまわすぜコラ」

 生きてきた中で感じた最凶の殺気が吹き付けた。
 気が弱い奴なら、それだけで死ねるほどだ。

「…慣れなれしく、あいつの名を、呼ぶな」

 それのどこが執着してないって言うんだ?
 腹を抱えて笑いそうになる。

「ボンゴレ、その同盟ファミリーが追っ手か。上等だコラ」
「……」
「逃げ切れるところまで逃げてやるぜ、綱吉と一緒にな。二人で手に手をとって逃避行と洒落込むかコラ」

 コロネロを頬を弾丸が過ぎていく。
 上皮を剥がれ、血が滲む。
 感情の一切浮かんでいないリボーンの漆黒の瞳と、コロネロの好戦的に輝く碧眼がぶつかりあった。

「…あいつが最終的に選ぶのは、ボンゴレだ」
「どうだかな。6年かけてもあいつの意思を変えられなかったくせに」
 その点において、綱吉は尊敬に値する。
 誰にも出来ないことを成し遂げたのだから。
「とっとと失せろ」
「オレの行動はオレが決めるぜコラ」
 リボーンの銃口がコロネロの頭部を狙い、コロネロのライフルがリボーンに照準をあわせる。
 まともにやりあえば、この部屋どころか一角丸ごと破壊されることは確実だ。
 だが、ここは9代目の屋敷。さすがに好き放題にやりあうことは出来ない。

「馬鹿め、いい加減に自覚しろコラ」
「てめぇこそ、あいつの駄目っぷりに引きづられてんのに気づけ」

 ここまできたら、意地の張り合いだ。

「あいつの駄目っぷりはよくわかってるぜコラ」
「てめぇは何もわかっちゃいねぇよ」
「綱吉に頼られたのはてめぇじゃなくて、オレだぜコラ」
「あっさり振られやがったくせに偉そうな口を叩くな」

 まるで自分の気に入りのおもちゃを取り合う子供のような応酬。
 彼らだけがそれに気づいていないのだろう…いや、気づいていてもやめられないのか。
 すべては綱吉という存在ゆえに。

 誰よりも弱いくせに、リボーンに楯突き。
 アルコバレーノと呼ばれる者たちを惑わせる。



          沢田綱吉。



 いったいお前は、『何』なんだ。