2.5 episodio 1


 リボーンは、友人である山本と笑いながら数歩前を行く綱吉の姿にある種の感慨を抱いていた。




 9代目の冗談か本気かわからぬ依頼を果たすために、日本にリボーンがやってきて6年近く過ぎた。何でこんな奴を9代目は後継ぎにしたいのかなかなか理解に苦しんだが、リボーンの仕事はそれを10代目に相応しい人間に教育するだけ。かなりの難行だったが、己に不可能は無い。スパルタなのか虐待なのかよくわからないリボーンの教育に、綱吉は文句ばかり言っていた。
 赤ん坊のくせいに一丁前に大型の銃をぶっ放し、すでに人を殺した数は計測不能。そんな気味の悪い、化け物だと恐れられているリボーンに対して、綱吉は出会った頃と変わらず…暴力を恐れても、リボーンを忌避しようとはしなかった。周囲をありえないような子供たちに囲まれて、非日常な日常を送りながら、綱吉は変わらなかった。寛容なのか、ただ鈍いだけなのか……当初判断に苦しむところではあった。
 しかし、周囲に影響されず自身を確立し全てのものを受け入れる懐の深さは、教育で手に入れられるものではない。天性の素質だ。それだけにリボーンの教育にも、綱吉はなかなか『変化』を見せず、手強い相手だった。いい加減諦めればいいのに「マフィアになる気なんて無い」と言い張り、それでいながらリボーンが与える試練をぎりぎりのところでかわしていく。わざと出来ないふりをしているのかと疑ったこともあるが、そうでも無い。いつも綱吉は綱吉なりに精一杯らしい。
 リボーンが『そろそろこれくらいなら』というハードルを設けると、何とか綱吉は死ぬ気になりながらも越えていく。それを幾度も繰り返していくうちにリボーンは気づいた。
 そう、綱吉は無意識に自分に制限をかけ、『ダメ』なところに自分を置いているのだ。もしそのリミッターを外すことが出来たなら……リボーンにさえ予測のつかない生き物に変わるに違いない。
 ぞくりと背筋が震える。今まで感じたことの無い昂揚感。
 9代目は知っていたのか。知らずに綱吉を選んだのだとすれば、何とよくきく鼻だろうか。
 薄く笑いながら、リボーンはさてどうすればそのリミッターを外すことが出来るだろうと考えはじめる。死ぬ気で勉強させて、高校に入学させ…しばらくは静観の態度を貫いた。強制しても変わらないならば、放置すればどうなるのかと思ったからだ。だが、綱吉はリボーンの想像以上にマイペースな人間だった。変化するどころか、リボーンがいったい何のために綱吉の傍に居るのかさえ忘れようとし始めたのだ。
 さすがのリボーンも呆れた。それ以上に感心した。
 異常な存在を傍らに置きながらあくまで、己は平凡な日常に徹しようとする。
 だが、このまま忘れられては何のためにリボーンが今まで苦労していたのかわからなくなる。綱吉のボスとしての教育はほとんど最終段階にさしかかっていた。後は本人が諦めて受け入れるか否かそれだけだ。
 だから、引導を渡した。






「おい、いいのかコラ」
 ひーひー言いながら獄寺と潜水艦を動かしている綱吉の後ろで、コロネロとリボーンは静かな緊張の中にあった。
「あれにボンゴレのボスなんて無理だろ」
「お前は知らない」
 綱吉がどれほどの強さを秘めているか。
 知っているのは家庭教師として傍にいた自分だけだ。
 コロネロが舌打ちする。
「だから罠に嵌めるのか?」
「依頼された任務を果たすだけだ」
「何をムキになってんだ、コラ」
「お前こそボンゴレには関係ないだろ」
「関係ないわけあるかコラ。ボンゴレの跡目がどうなるかでマフィアの勢力図が変わる。それだけの影響力があるとわかってるだろ」
「変わらない。何も…あいつは何も変えねぇ」
「……リボーン?」
 目を閉じ、何か言いたげなコロネロを無視した。
 綱吉は変わらない。変わらないボスを頂いたボンゴレも変わらないだろう。いや、もしかすると周りのほうが自滅するかもしれない。そうすることでボンゴレは更に強大になっていく。
(俺は何がしたいんだ……)
 フリーのヒットマン。どの組織にも属さず、依頼された仕事を片付ける。それが本来のリボーンの立場だ。そのはずなのに、今の自分の思考は驚くほどにボンゴレ寄りだ。

「獄寺君!どこ押してんの!?」
「あ、魚雷発射ボタンみたいっす!」
「魚雷!?」

 綱吉が叫ぶ。ふざけんなっと言っていたわりに、今ではすっかり操縦にも慣れて米軍の潜水艦相手に対等にやりあっている。その姿がどれほどに平凡に見えてもやっていることは並の犯罪者の上をいく。
 ボンゴレにふさわしくない?

 ――― あいつほどマフィアにふさわしい奴を俺は知らない。











 久しぶりに顔をあわせた9代目は変わりなく、綱吉を笑顔で迎えた。
 その姿からはおよそ『至上最凶のボス』と呼ばれる男とは思えない。口調も穏やかで態度も紳士的。綱吉に対するそれは更に『優しさ』まで含まれているようだ。
 綱吉をイタリアに連れて行くと伝えた時。9代目はそれは嬉しそうな声で『楽しみにしている』と返してきた。もちろん綱吉が『10代目になりたくない』と告げに行くことも伝えてある。
 だがどのみち、イタリアまで来てしまえば綱吉に出来ることなど無い。
 海外旅行どころか国内旅行も一人でしたことのないような綱吉に、自力で日本まで帰れるわけが無い。
 ほとんど騙し討ちのような行為を綱吉だけが気づいていない。
 のらりくらりと埒も無い話をする9代目になかなか話を切り出せず、綱吉は年寄りの長話に相槌を打っている。リボーンにとっても初耳だった。
 報告だけ受けて綱吉を後継者に選んだのだと思っていたが、実際にその目で見ていたとは思わなかった。
 ――― もしやその頃からこいつを跡目に考えていたのか?
 そうであるならば。

 ふと9代目の視線がリボーンに向いた。一瞬のこと。
 だが、それだけで抱いた考えを確信した。

 10代目候補が、三人までも次々と死んでいった根本には……9代目が居る。
 彼らが生きていればいくら9代目の希望とはいえ、たかが初代の血を引いているだけで東洋の小さな島国のおよそマフィアと縁の無い子供を候補に上げることなど無理だったろう。



「ようこそボンゴレへ。我が後継者、綱吉」



 望みのものを手に入れ、抑えきれない喜びが溢れ出したような声だった。