主よ 人の望みの 喜びよ 7
「ったく、ツナも人が悪ぃよなぁ。オレだけ置いてきぼりにするんだからよ」
山本はあの見慣れた笑顔で、呆然と立ち尽くす綱吉の肩を叩く。
「な、ん、で…」
何故、山本がここに居るのか。
そんなことは聞くまでもなく明白だ。
綱吉はぎゅっと顔を引き締めると、斜め後ろに立つリボーンを振り向いた。
「リボーンッ!」
「うるせぇ、叫ぶな」
綱吉が言いたいことなど十分すぎるほどにわかっているだろうに、リボーンはあくまですげない。こういう時のリボーンに何を言ったって聞き入れてもらえないことは短くはない付き合いで綱吉もわかっていた。再度山本に目をやり…改めて確認するように全身に目をやって、一つ息を吐く。
「山本」
「どうした、ツナ。恐い顔して…」
「山本。…観光、に来たんだよね?」
「観光はいいや。昔に来たことあるからな」
獄寺のかわりに。
「…じゃ、どうして?」
「ツナがこっちに就職するって聞いたからな。獄寺の奴もそれについてったっていうし」
オレだけ退け者にするなんてひでーじゃん、と笑う。
山本は決して、頭は悪くない。こちらに…イタリアに就職するというその『意味』がわかっていなわけが無いのに。
「野球は?」
「十分楽しんだぜ」
「…プロになるんじゃないの?スカウトがいっぱい来てたよね」
「全部断ったんだ」
大したことでもない風に笑う山本に、綱吉の眉が寄った。
「っどうして!!どうしてっ…そんなことするんだよっ!将来約束されてんだぞっ!?」
山本の凄さを知っている。彼ならば、プロになっても活躍して人気も出るだろう。
日のあたるその場所で。太陽のような笑顔で笑っていられる。
「でも、ツナはいねーから」
「…っ」
息が止まった。
「ここでツナと別れたら、もう一生会えねー気がしたんだ」
それは、たぶん 正しい。
「…もう野球なんて、出来なくなるよ」
「人数揃えば何だってできるさ」
「怪我もするだろうし…もしかしたら、命だって危ないかもしれない」
「それがツナの助けになるんだったら、オレはいいぜ」
綱吉は目を閉じた。
「ごっこじゃない……マフィアだよ」
「坊主…リボーンに聞いた。覚悟はできてる」
山本の目が綱吉を見つめる。
じっと、野球をしているときのように真剣に…それ以上に。
(…ダメだ。オレにはもう拒めない…)
「それに約束しただろ?」
「…?」
「オレはツナの右腕になる、てさ」
「10代目の右腕はこのオレだ!野球馬鹿っ!!」
聞き捨てならないと綱吉の背後に控えていた獄寺が叫ぶ。
叫ぶだけで、即座にダイナマイトを投げつけなくだっただけ彼も大人になったのだろう。
…と綱吉は思いたい。
「ツナの右腕は親友のオレだろ。獄寺は左腕でいいじゃん」
「いいわけあるかっ!!てめぇなんぞ後ろ足で十分だっ!」
獄寺の乱入で、シリアスな雰囲気が一気にコメディと化した。
綱吉は小さく溜息をついて、二人を引き離す。
「獄寺君、落ち着いて。…待て」
はいっ10代目!と獄寺は姿勢正しく『待て』の姿勢をとる。
…血統書つきの犬を思い出した。
「山本。本当に。本気なんだね?」
「ああ」
「…オレだって、未だに納得できないでいるけど」
「ツナは優しいからな」
「…オレは、優しくなんて無い。ただ単に臆病で面倒臭がりなだけだ」
山本の大きな手が綱吉の頭をくしゃりと撫ぜた。
目頭が熱くなる。
「ツナ。オレはツナのためにここに居る。ツナが気にする必要なんて無いんだ。要はオレの
我侭なんだからな」
「山本・・・・」
胸が苦しい。
こんなに優しい人間を・・・綱吉は闇に染めなければならないのだ。
リボーンも獄寺ももともとこちらの世界の住人だ。でも山本は違う。今からでも引き返して欲しい。リボーンが阻止しても、山本がそうしたいというのならば死ぬ気で望みを叶えるつもりだ・・・だけど。
朗らかに笑う山本の・・・綱吉を見る眼差しはどこまでも深く揺らがない。
本気の、男の目。決心した目だ。
山本は、もう・・・戻らない。