主よ 人の望みの 喜びよ 15


 漁夫の利を得ようとする相手に気づかない、ヒットマンでも風紀委員長でも無い。
 綱吉を抱いたままの骸に、二人一度に攻撃を繰り出した。

「おっと危ない。綱吉君に当たったらどうするんですか」
「は、その程度でどうにかなるようなヤワな鍛え方はしてねぇ」
「邪魔。綱吉を置いて土に還れば」
「クフフ、何を吼えようと綱吉君は僕の腕の中です。ずっとこのまま幻の住人になってしまうかもしれませんねぇ」
 骸の言葉に、リボーンは片頬を上げ雲雀は醒めた視線を向けた。
「てめぇは何もわかってねぇな、骸」
「所詮は南国植物、馬鹿そのもの」
 互いに骸を罵りながら、雲雀が振り下ろしたトンファーをリボーンが銃身で受け流す。
「ブラッド・オブ・ボンゴレ。その血が育んだ至高の超直感。そんな幻術で騙せるほどに、その血の呪いは安くは無い」
「草食動物は臆病だ。臆病者は不安を覚えればすぐに逃げ出す」
 少しでもその幻術に齟齬があれば、綱吉は疑い始め、不安を感じ…虚像を見抜くだろう。
「……厄介な血ですねぇ」
 骸の仮の宿りを常に見抜いてきた琥珀は閉じられている。
「では、不安を感じれば常にそれを修正し続けましょう。ただの気のせいだったのだと思わせ続けましょう。夢が現実となるまで、檻の中で大切に育てて差し上げます」
 突如出現した玉座に綱吉を座らせ、骸はその足元に跪く。
「邪魔者を消してしまって、ね」
 三又槍が骸の手に現れる。
「勘違いするなお前ら。ツナはいつでもオレのものだ」
「何言ってるの。綱吉の時間は僕のものだよ」
「最後に笑ったモノが正しい。簡単な話です」
 三人の溢れだす殺気が大気を動かし、砂塵を巻き上げる。

 眠り王子は何も知らずに夢の中。












 綱吉のベッドの上に、いつからか気がついたら存在していたハンモック。
 明らかに小さなサイズのそれは綱吉のものでは無く。ランボのものでも無い。
「何か物置いてたっけ……?」 
 ちょっと邪魔だなと思うが、何故か外す気になれない。……外すのが、恐い?
「ん?恐い??」
 何で。綱吉は自分に突っ込みながら首を傾げる。
「変なの」

「変じゃないですよ」

「っ!?」
 自分以外に誰も居無い部屋で、背後から掛けられた声に綱吉は心臓が止まりそうになった。
「こんにちは、綱吉君」
「だ、誰っあんた!?」
「何て酷い。骸。六道骸・・・幼馴染じゃありませんか。映画に行こうという約束を破ったからといって知らないふりをするなんて酷いですよ」
「は?骸?……おさ、な、なじ……み?」
 ぐらり、と世界が揺れた気がして……立ちくらみのような眩暈が綱吉を襲う。
 幼馴染?
 六道骸?

          骸。
 ああ、そう。そうだ。何で忘れてたんだろう。
 ちょっと変わり者の天邪鬼。
 孤独を気取るくせに寂しがり屋。

「……いつも言ってるだろう。窓は入り口じゃないって」
「ああ、そうでしたっけ。まぁ、いいじゃありませんか。昨日の約束を破ったお詫びに凪の作ったケーキをお持ちしたんですよ」
 凪は骸の妹だ。口数は少ない子だが、骸と違い素直な良い子である。
「へぇ、凪のケーキ美味しいよね!」
 片手に抱えている箱にはその手作りケーキが入っているらしい。
 骸はともかくとして、ケーキは丁重にお迎えしなければ。
「ささ。ケーキ様をこちらに」
「……僕は無機物以下ですか」
「だってケーキは俺の胃袋と心を満たしてくれるけど、骸は何も無いじゃん」
「……貴方という人は。本当に何て酷いんでしょうねぇ」
 嘆息しながらも骸はケーキの箱をテーブルに下ろし、綱吉は手早くあけた。
「うわっ本格的だなぁ」
 生クリームでコーティングされ、季節の果物を載せたホールケーキが鎮座していた。
「でもさすがにこの量を一人で食べるのは無理かな。切り分けてみんなにも食べてもらおう。骸も食べて帰る?」
「いえ、甘いものは……」
「駄目だったっけ。……母さーんっ!」
 綱吉は箱を持ち上げると、階下に駆け下りて行った。

 骸はその背を見送って、部屋を見渡し……綱吉が疑問を抱いたハンモックに忌々しげな視線を向けた。
「困ったものですね」
 呟きと共にハンモックが姿を消す。
 彼にとってアルコバレーノの存在がいかに深層意識まで入り込んでいるかの証明に他ならないそれは骸の気分を悪くさせる。
「沢田綱吉」
 普通の子供。
 死ぬ気の炎を纏うこともなく、ボンゴレと言う存在に関わり無い幻想の世界で生きる。

「僕は……」

 骸は戸惑うような表情を残し、姿を消した。

「骸、お前甘いものは駄目だっていうから・・・てまたいないし」
 開け放たれた窓にカーテンが揺れている。
「凪のパシリ?」
 綱吉はくすりと笑いを漏らした。
「ま、いいか。明日学校に行ったら凪にお礼を言って……」
 いや、待てよ。
「あ、並盛じゃなかったっけ……」
 二人が通っているのは黒曜中のはずだ。
 
「ツナ~っ!」
「うわってランボ!」
「ケーキたべちゃうぞっ!」
「ああ、うんっわかったわかった!」
 母さんに呼んで来いといわれたんだろう。そっと味見をしたのか、ランボの髪の毛に生クリームが付いている。これでバレてないと思っているんだから、子供って可愛いものだ。
「ランボさんっ一番大きいところ食べるんだもんねっ!」
「はいはい」
 我が儘いっぱいのランボを促しながら、今日は余計な茶々が入らなくて平和だなぁと感じる。
 いつもならここで邪魔が入り……邪魔?
「あれ?」
 またもや感じた違和感に、綱吉は周囲を見渡した。
 何だ。
 何を忘れている?






「いつまでこんなところで遊んでるのさ。ボスに殺される」





「へ?」
 頭上からの声に綱吉が視線を上げると……赤ん坊が浮いていた。
「間抜け面」
 口は悪い。
 だが、次の瞬間驚愕したのは赤ん坊のほうだった。














「リボーン」





 綱吉はマーモンに向かってそう呼びかけた。