主よ 人の望みの 喜びよ 14
「はぁ、漸く僕の出番ですか」
「!?」
いきなり背後から掛かった声に、前方の二人に注意を向けていた綱吉は、まさに飛び上がるほどに驚いた。
「む、むぐっ」
「大きな声を出さないで下さい」
「う゛~っ!!!」
口を手で覆われた綱吉は、抗議の声と共に顔をあげるとヘテロクロミア、敵にはイービルアイと呼ばれる異色の双瞳が楽しそうな光を乗せていた。
「おや。あの二人から逃がしてあげようという僕の優しい気遣いを無にするつもりですか?」
「……。……」
「何ですか、その疑わしい目は」
事実、疑っているんです。
「まぁ、今回は許してあげます。クフフ……何しろ絶好の機会ですし、君の脱走がどこまで続けられるのか楽しみでもあります」
このままだと詰んじゃいますよ?
楽しそうに言う骸は、まさに楽しんでいるのだろう。
「さぁ僕の手を取りなさい、沢田綱吉」
「ツナ!」
はっ、と目を開いた綱吉の前には山本が立っていた。
「……え」
綱吉の視線には、見慣れた教室の風景が映る。
「ツナ、どうしたんだ?昨日遅かったのか?」
「山、もと・・?」
「ん?」
「十代目に馴れ馴れしく話しかけてんじゃねぇ!この野球馬鹿!……十代目!ご加減が悪いようでしたら保健室に、いやいっそお帰りになって病院に!」
「いやいや大げさだから!」
つい、いつものツッコミが。
いつも、の。
(あれ?俺、今まで……)
何をしていた?
「なぁ、ツナ。数学の宿題やってきたか?」
「え!?そんなのあったっけ!?」
「それでしたら十代目!こちらをどうぞ!!!」
完璧に仕上げられたノートを獄寺が差し出してくる。
「ありがとう、獄寺君。写さしてくれる?」
「そんな畏れ多いっ!差し上げますっ!!」
「いや、さすがに・・・それはねぇ……」
いかにダメツナの名を欲しいままにしている綱吉とて気が引ける。
「お、丁度良かった。俺も写さしてくれよ」
「なってめ……っ」
「獄寺君。山本もいい?ね?」
「はいっ!十代目がそう仰るなら……てめ、十代目に感謝しろっ!!」
「ツナ、サンキュー」
そもそも獄寺が作成したノートだというのに、何故か綱吉が感謝されている。
おかしいなぁ、と苦笑しながらいつもの見慣れた風景に・・・・
いつもの平凡な。
隣を見れば……
「ツナ!」
ちーんっ!と鼻を噛む音がして、振り向けば小さなランボが綱吉の服の裾で鼻水を拭いていた。
「こらっ!!何すんだっ!!」
「へっへーんっ!ランボさんの鼻水攻撃だーっ!」
「ランボーっ!!」
綱吉が怒れば、ランボは舌を出して廊下を走って逃げていく。
「ったく!・・・俺のお気に入りのシャツを」
いつまで経っても悪戯好きのランボ。いつもいつも突っかかっては返り討ちにされる。
誰に?
くいくい、と再び裾をとられた綱吉が目線をやればイーピンが見上げていた。
「え?ご飯?」
こくこくと頷かれる。
「今日は何かな~……え?餃子?イーピンも手伝った?へぇ、凄いなぁ」
綱吉の褒め言葉に、イーピンは女の子らしく可愛く照れていた。
ランボは一足先に腰掛けて、フォークを握りしめている。
「はい、つっ君」
「ありがとう」
ご飯を差し出されて受け取る。
「・・・・あれ?」
「どうしたの?」
隣にランボ。斜め前にイーピン。
「え。いや・・」
どうしてだろうか。何かが、……そう。
足りない。
「うち、他に誰か、居たっけ・・・?」
「何、つっ君。今日は誰かお友達が来るの?」
「ううん、・・・何だろう」
変なの。
とりあえず、食べながら「がははっ」と笑ってご飯粒を飛ばすランボの世話をやきながら、綱吉は不思議な感覚に首を傾げた。
『困ったものですねぇ』
『貴方は、平凡を望みながら非凡なものばかり思い出す』
骸の腕の中で、無防備に眠りに沈んだ綱吉は骸の創り出した夢幻の中に在る。
現世に逃げ場が無いのなら、あちらに作る。
「幾ら、アルコバレーノといえど手出しはさせません」
良い夢を。
我が至高の君。
柔らかな髪の中に口付けを落とした骸は、幸せそうに微笑んだ。