主よ 人の望みの 喜びよ 12



 コックピットの中は静かだった。
 スカルはもともと無口であるのと、綱吉が何もしゃべらないから。

「何で、何で俺みたいなやる気の無い奴を皆、ボスなんかにしたがるんだろ……」

 独り言のように綱吉がぽつりと落とした。
 答えなど求めていない風であったが、ついスカルは口にした。
「他の人間がどう考えてるかなんて知りませんけどリボーン先輩の考えてることを理解しようと思うだけ無駄だと思いますけどね」
 普段虐げられているスカルの言葉だけに、何やら深みがある。
「コロネロ、大丈夫かな……」
「……」
 アルコバレーノ二人のことよりヴァチカンの崩壊を心配したほうが良いだろうとスカルは思う。
 あの二人が真剣にぶつかりあって、ただですむわけが無いのだ。普段のじゃれあい(?)でさえ街を一つ壊しかねないというのに……。
 そう、あの二人をして真剣そのものにさせる沢田綱吉という存在。それだけで、ボンゴレのボスとして十分の資格だろう。理由など後で幾らでもついてくる。そういうものだ。
「一生逃げるのはムリ、か……最もなんだろうけど」
 いつかは捕まってしまうだろう。
 ずっとリボーンから逃げ続けるのは不可能なことは、この数年一緒に過ごしてきた綱吉が誰よりも一番わかっている。可能性としてならば、リボーンが諦めてくれればそれが一番なのだろうが。
 あの負けず嫌いがそんな不戦敗みたいな真似をするわけが無い。
「スカルも大丈夫?後でリボーンに虐められたりしない?」
「……。……」
 わかっているのならば、端から巻き込まないで欲しいとスカルは切実に思った。
「これからちょっと雲の中に入るから揺れますよ」
「はーい」
 無駄口を叩くなと伝えたつもりだった。
 どれほど後で酷い目にあわされることが確実に予想できたとしてもこうして手助けしている時点でスカル自身、『沢田綱吉』という存在を在り得ないほどに許容しているのだと。
 軍師であるスカルは分析においてたとえ自分自身の内面さえ冷静に判断して、自覚して……心の中で大きくため息をついた。

 何て傍迷惑な『大空』。













「何をそんなに焦ってやがる、コラ」

 今回のリボーンの行動はコロネロからしても性急に見えた。何をそれほど焦る必要があるのだ。後継者争いでザンザスを下している綱吉に、其の座を取って代わろうとする者などほとんど居はしないだろう。居れば、ザンザスが始末するはずだ。彼の自尊心はそれほどに高い。
 5年待ったのだ。もう一般人とは言えないほどに綱吉は自覚せず、こちらの世界に染まってしまっている。後はそうするしかないところまで追い詰めて、綱吉自身にその立場を肯定させればいい。それこそ策略家のリボーンの得意とするところだろうに。

「邪魔をするな、コロネロ」
 コロネロの言葉には何の反応もなく、リボーンの銃口はコロネロに向けられたまま。感じる殺気も標的を前にしたヒットマンのものだ。コロネロも対戦車ミサイルを構えているが、その獲物の大小のぶんだけ接近戦においてはコロネロのほうがやや不利だ。
 それでも。
「綱吉が望むなら、俺はボンゴレを敵にまわすぜコラ」
 数日前に宣言した言葉を、再びコロネロは口にした。
「ならば、死ね」
 確実に息の根を止める意思を持って放たれた弾丸を、コロネロはその軌道を予測して避けた。避けながらコロネロもミサイルを放つ。リボーンの背後にあった数軒の家が瓦礫と化した。
 突然の惨事に逃げ惑う人間たち。悲鳴と怒号。
 そんなものは一切無視して、睨みあう少年二人。
 闇の中に棲んでいたものが、光の下で己の闇を知る。
 
 ああ、ここに綱吉が居たならば。
 闇の兄弟が殺しあうことも無かっただろうか。

「オレの足止めのつもりだろうが、ツナの逃げる場所など限られている」
 無駄なことだと銃弾を巧みに避けるコロネロに忠告する。
「なら、範囲を広げてやるだけだ、コラ」
 綱吉がその覚悟を決めるまで。どこまでもその可能性を広げて逃がしてやるとコロネロは笑う。
 リボーンは無表情のまま殺気の濃度を高め、コロネロも集中する。

 殺るか、殺られるか。

「ツナはオレのものだ」
 闇にとっての唯一の光。
 アルコバレーノを狂わせ、呑み込む大空。


 嗚呼。
 認めようとも。


 あのぬくもりを知り、何者かに奪われることを恐れていた。
 己以外に向けられるそれに、憎悪した。
 変わらぬ眩さに絶望した。


 そして、ボンゴレという檻に光(綱吉)を閉じ込めることに決めたのだ。