主よ 人の望みの 喜びよ 11


 無事にヴァチカン入りした綱吉とコロネロは、まずは腹ごしらえすることにした。
 何を暢気なと言われようと、空腹では力が出ない。まぁ、コロネロにはレーションで我慢しろと言われたが、綱吉が嫌だと言い張ったのだが。
「お前には危機感がねぇのか」
「うぐっ……ん、あるある……うんっ……これ、美味しいよ?」
 のほほんと笑って、コロネロにフォークを突き出してくる綱吉に脱力する。
 あのリボーンに追われているというのにこの余裕。ただの考えなしの馬鹿なのか、想像を超える大物なのか……判断に迷う。
「なぁ、お前はどうしてそこまでドンになるのを拒むんだ?」
 リボーンが家庭教師についてから流されるだけ流されておきながら、今更拒んで逃げ出す綱吉が不思議だった。そこまでの意思を見せるなら、もっと早く逃げ出すことが出来ただろうに。
「いや、だってほら、さ。俺なんてどー見たって柄じゃないし!」
 確かに見た目だけなら(・・・今は女装しているから尚更に)人畜無害の平凡そのものだ。これがヨーロッパ最大勢力のボンゴレのボスなんて、悪夢のような話だ。10人に紹介すれば10人が冗談だと笑い飛ばしてくれるだろう。
「それに……」
 幼い風貌に不似合いな静謐な表情を浮かべた。
「それに?」
「ううん、何でもない。とにかく、俺には向いてないんだって」
 デザートの最後の一口を口に放り込む。
「さてと、ここまで来たけど……どうやってここから日本に戻るの?」
 日本の地理でさえあやふやな綱吉にヴァチカンがどのあたりに位置してどんな交通手段があるのかなんてまるでわからない。
「大人しくついてこい」
 リボーンが策謀タイプなら、コロネロは了平の師匠になるからして傍迷惑にまっすぐだ。大いなる不安が横たわるが、腐っても虹の一角。まぁ、綱吉にはコロネロについていくしか手段は残されて居無いのだが。
「ごめんな、コロネロ」
「あぁ?」
 何故か手を引かれて街中を歩きながら、綱吉が謝ってくる。
「俺のせいでリボーンと喧嘩することになるだろ?」
「……」
 喧嘩どころか闘争の粋だが、綱吉らしい言い方だった。
「気にするな。年中無休であいつとは戦闘中だぜ、コラ」
「……それもどうかと思うけど」
 綱吉はやんちゃな弟を見るように苦笑した。
 マフィアの中でもその名を知られたアルコバレーノ、たとえその姿が幼い子供であろうと多くの者が畏怖と異端に対する忌避を抱く。その年齢のままに、まるで守るべき存在であるかのように妙な視線を向けるのは綱吉だけだった。
 その視線は、居心地悪くもあり……そして、何故か胸にざわりとしたものを沸きあがらせる。
「ちっ、行くぞ。そろそろ来るころだからな」
「へ?何が?」
 いいからついて来い、コラ。といつもの口調で言い放ったコロネロに従い……綱吉は出会った。







「え、スカル?」

 久しぶりに会った馴染みのアルコバレーノは相変わらずフルフェイスのメットをつけて、少々不機嫌そうなオーラを醸し出していた。
「わぁ、久しぶりだね。元気してた?」
 能天気そのものの綱吉の声を聞いたスカルはあからさまにがっくりと肩を落とした。
「あんた、本気でリボーン先輩から逃げる気あるのか……?」
「え、じゃぁ……来るって言ったのは」
「おせーぞ、コラ」
「あのねぇっ!……いえ、いいですけど!例え1時間前に電話一本『すぐ来い』て場所もいわずに切られても、ええ、別に構わないですけどね!」
「……」
 相変わらずパシリにされているらしいスカルに綱吉は同情を寄せる。身につまされる。
「……ごめんな、スカル」
 とりあえず迷惑をかけているのは綱吉なので謝っておいた。
「ぐちぐち言うな、コラ。さっさと行くぞ・・・リボーンが近づいてやがる」
 二人の首元に下がったおしゃぶりが反応し始めている。
 ぞくり、と背筋に寒気が走る。超直感は災厄の訪れをはっきりくっきり伝えていた。
「俺まで巻き込まないで下さいよっ!」
 文句を言いつつも、綱吉を乗ってきていた戦闘機へと促す。
「スカルが操縦するの?大丈夫?」
「……」
 これが嫌味なら突き落としてやるところだが、綱吉はどこまでも本気で聞いている。いくら他のメンバーにパシリ呼ばわりされようとも、スカルだってアルコバレーノだ。戦闘能力に関してリボーンやコロネロに劣るからといってそのへんのマフィアに劣るわけでは無い。だいたいスカルが操縦しなければいったい誰がここまで乗ってきたというのか・・・。
「……大丈夫だ」
 文句は大量にあったが、疲れようにそれだけを告げた。
「スカルが操縦席で俺が後部座席?・・・コロネロは?」
 まさか翼の上とかね~、とはははと笑う綱吉の逃亡者と思えぬ明るさと度胸に・・・スカルは『この人もう諦めてドン・ボンゴレになったほうがいーんじゃ・・・』とこっそり思う。
「俺は乗らないぜ、コラ」
「え!?」
 驚いたのは綱吉一人だった。
「どうして?一緒に来てくれないのか?」
 中立であるはずのコロネロ。ボンゴレという巨大な組織に背いてまで綱吉をその鳥かごの中から逃がしてくれた。それが何故ここで別れるようなことを・・・?
「時間稼ぎが必要だぜ、コラ」
       リボーンに対する。
 さっさと行け、とコロネロはスカルに視線を向ける。
「コロネロ!」
「ツナヨシ」
「!?」
 大人びたコロネロの視線が、綱吉を貫いた。
「今回逃げられたとしても、あいつから……リボーンから一生逃げるなんてのは到底不可能だぜ。与えられた時間は少ない。覚悟しとけ、コラ」
「コロネロ……」
 透明のキャノピーがスカルの操作で下りてくる。
「コロネロ!」
 綱吉の必死の視線がコロネロに向けられる。
 コロネロはどこから出したのか、特性の巨大なキャノンを肩に担いで不敵に笑う。

「っありがとう!」













 高速で飛び立った機体はすぐに視界から消えた。
 それを見送り、コロネロは振り返る。

「・・・よぉ」
「覚悟はできてるだろーな?」

 死神は銃口を向け、薄気味悪いほどに鮮やかな笑みを浮かべていた。