主よ 人の望みの 喜びよ 10


 姉は弟の手を引き、手を引かれる姉は困ったような顔をしながらも大人しくついていく。
 ほのぼのとして微笑ましく、田舎町にはよくある光景。
 ……なのだが。

「おら、とっとと歩け、コラ」
「お姉さんに向かってその言葉遣いは無いだろ。コロちゃん」
「……しばくぞ、コラ」
 聞きなれた口調なのに、発するのは見慣れた姿では無い。トレードマークのような強い色の金髪を今は真っ黒に染めたコロネロは、綱吉の逃亡を手引きした一人である。
 驚いた綱吉を、家光が作った一瞬の隙に屋敷から連れ出して女装させた。
 このイタリアの地でボンゴレの息のかからない場所など……探すほうが難しい。綱吉の手配書はすぐさま各所にまわされるだろう。いつまでもごまかしがきくと思うほどコロネロは甘くは無いが、せめて目的地につくまで誤魔化せればいい。
「……ところでどこ行くの?」
 当の本人は今更そんな寝ぼけたことをきいてくる。
「ヴァチカンだ」
「ヴァチカンていうと……」
「イタリアでボンゴレが手ぇ出しにくいってのはあそこしかないからだぜ」
「へぇ、確か世界で一番小さい国で法王がいるんだよね」
 宗教なんてもの気にも留めない日本人らしい台詞だった。
 ヴァチカンにしばらく潜伏している間に、コロネロが用意した囮が船でマフィアランドに向かう手はずになっている。これで幾らかは綱吉の追ってを少なくできるだろう。
「ちょっ……な、何やってんの!?」
「あ?」
 民家の脇に置いてあった車のボンネットを開けて、スターターを無理やりまわしている。
「ちょっと借りるぜ、コラ」
「おいおいおいおおい」
「早く乗れ」
 それ盗難!しかもちょっとのつもり無いだろっお前!とつっこむ綱吉を助手席に放り込んだ。
「っいたっ!ったく……運転できんの?」
「戦車と同じ要領だ。問題あるか、コラ」
「……」
 ああ、どうか無事で目的地に着きますように……綱吉は天へ祈った。











 リボーンの指示のもと最低限の人員を残して、綱吉大捜索部隊はイタリア全土へ散った。

「リボーンさんっ十代目が誘拐されたっていうのは!?」
 事態を聞いた獄寺と山本が、今にも出て行こうとしたリボーンを呼び止めた。
「表向きはな……くくっ、オレから逃げやがるとはいー度胸だ」
 冷笑を浮かべるリボーンの発した殺気に一歩下がる。
「ツナは……逃げたのか?」
「ちょっとした悪あがきだな・・・いずれにしろ、逃がすつもりはねぇ」
 リボーンの目が鋭く光る。
「お前たちは・・・勝手にしろ」
 綱吉を探しに行きたければ行けばいい。
 ここで綱吉の帰りを待つならば、動かずにいればいい。
 ただし。
「あいつに手を貸すつもりなら、その瞬間にオレの敵になるってことを覚悟しろ」
 たとえ守護者であろうと容赦はしないとリボーンは宣告した。
「「……」」
 そのまま後ろを振り返ることなく颯爽と屋敷を出て行く。

 リボーンの足に迷いは無かった。
 まるで綱吉の居場所を知っているかのようにヴァチカンへの道をとる。
 綱吉が十代目を襲名することを諦め悪く厭っていたことを知っていた。だからこそ、警備と名を借りた包囲網を敷いていた。それをあっさりと突破し、あの一瞬で綱吉を連れて行くことが出来る人間など限られている。
「コロネロ……」
 中立な立場にあるはずのアルコバレーノ、コロネロの行為はボンゴレへの明らかな敵対行為。
「……性質が悪ぃなぁ……綱吉」
 

(てめぇは、虹を狂わせる)


「だが、てめぇはオレのものだ。そうだろう?」

 晴れ渡る空に、問いかけた。












 ぞくり、と背筋に寒気が走った。

「どうした、コラ」
「え、いや……何だろう?」
 綱吉自身もわからない。一瞬、走り去った……恐怖。
「リボーン……?」
 その名にコロネロが舌打ちした。
 同じアルコバレーノの中でも戦闘に特化したタイプのコロネロとリボーン。本気でぶつかりあえば周囲も自分たちもただでは済まないだろう。だからこそコロネロは中立の立場にあった。
 あいつとは違うと互いに思いながらも、根は同じ。ソレを見つけたのが後か先か。それだけだ。

 手に入らないのならば奪う。
 奪うのならば殺す。

      綱吉は選んだ。俺を)

 ならば、奪い返されぬように守り抜く。そして尊大なあいつの鼻をあかしてやろう。

「わーっ!コロネロ!前!前見てんのっーっ!?」
 対向車線の車とガチンコ勝負を今にも挑みそうになったコロネロに悲鳴をあげる。
 リボーンもコロネロも、その行動に振り回される綱吉には生きた心地がしないという在り難くない共通項を持っている。
 少しばかりついてきたことを後悔してしまった……。
「ちっ」
「どうした?」
「検問だ……一応、国外だからな」
 それがどうかした?と尋ねようとして綱吉は気づいた。
 そもそもイタリア入り自体が不法侵入である。パスポートなんてものは持っていない。
「ど、どうするのっ!?」
「ふん、どうするもこうするも」
 コロネロはアクセルを全開にした。
「え……」
「強行突破だぜ、コラ」
「えーーーーーっ!」
「……は冗談だ」
「どっちだよっ!?」
 こんなときに冗談かよっ、と綱吉も律儀に突っ込みを忘れない。
「ちょっと待ってろ」
 車を脇に止めると、コロネロは検問所の中に入っていく。
 大丈夫なのだろうか。まさか中の人間皆殺しとかにして来ないだろうな……と綱吉はコロネロが出てくることを戦々恐々として待ち受ける。
 しばらくしてコロネロは入っていったときと同じように入り口から出てきて、戻ってきた。
「話はついたぜ、コラ」
「中の人に何かしたんじゃ……」
「俺は教官だぞ。各国の軍の前線に居る奴らはほとんど俺の弟子だ」
「すげー」
 綱吉は本気で感心した。
「ついで俺らが通った後は前面通行禁止にしろって言ってきてやったぜ、コラ」
「……」
 それはボンゴレに関係ない人たちや、観光の人たちにとてつもなく迷惑なのでは無かろうか。

「……ほどほどにな」

 綱吉にはそれが精一杯だった。