8、タイムリミット、そして
マリリアードはあの日以来、幼稚園に出てくることをやめた。
皆には風邪をこじらせ、入院していると知らされていたが事実がそうでなことをO2は知っている。
子供の前ですら、誤魔化すことが出来ないほど病状が進行しているのだ。
マリリアードの病の進攻は予想以上に早く、O2と約束した一月もつかもたないかといった瀬戸際……
いや、おそらくもたないだろう。
(――― 俺は『恐れ』ているのか?マリリアードが死ぬことを)
それはO2が生きてきた中で、抱く初めての感情だった。
恐ろしく高い知能指数を誇り、大人と同等・・それ以上に渡り合ってきたO2には他人に対する感情が
甚だしく希薄だった。肉親にさえ、他人に比べればいくらか愛情を抱いてはいたが、たとえ彼等が死んだと
しても、O2はその瞬間からさえ一人で立ち、どんな感情の揺れも見せることなく生きていくだろうと自分で
確信できた。
……それなのに。
(この重苦しく全身を覆う……ままならんもの)
O2は戸惑い、冷静さを欠きはじめていた。
「マリリアードはどうしている?」
勝って知ったる他人の家、マリリンの家に上がりこんO2はいずことも知れぬ空間に向けて口を開いた。
だが、いつもならすぐに帰ってくるはずの声が無い。
ならばと、O2は遠慮することなく(元々遠慮なんてしていなかったが)マリリアードの部屋へと直進する。
――― こんなに簡単に他人の侵入を許すなど無用心きわまりない。
O2がいつだったかそういうと、マリリアードはいつものあの笑顔を浮かべて「家に入っても何も盗るものが
ありませんから、泥棒も入るだけ損でしょう。それにもし何か持って行かれたとしても―――いずれ持ち主を
失うものですから、丁度いいかもしれません」と答えていた。
そのときは甘いことを、と笑ったが。
「マリリアード」
O2はマリリンの部屋の扉の前に立ち、声を掛けた。
中から返事は無い。
「……勝手に入るぞ」
―――― オリビエ
扉のすぐ向こうから声がした。
「オリビエ……幼稚園はどうしました?」
この期に及んでまだ母親のような小言を言おうとするマリリアードをO2は鼻で笑った。
「お前以上に優先するものなどない。ここを開けろ」
「それは出来ません」
「マリリアード」
「あなただけは、通す訳にはいきません」
柔らかいが断固とした口調でマリリンはO2の言葉を振り払った。
O2は眉を寄せると、扉のノブの手をかける。
だが、それはガチャガチャと鳴るばかりで全く役に立たない。
「開けろ、マリリアード」
「駄目です。こんな姿をあなたに見られたら何を言われるかわかったものじゃありませんからね」
どこまでも憎まれ口を忘れない相手に、O2は実力行使に出る。
「それならばぶち破る」
「無理ですよ、オリビエ。どんな強力な武器を持ってきてもこの扉を開けることはできません。この体に
巣くうウィルスが部屋の外に出ないように完全に密閉されるようにしていますから」
「このっマリリアード!」
相手がすぐそこに居るとわかっているのに、触れられぬ。
「開けろっマリリアード!」
「オリビエ、駄々をこねないで下さい」
「うるさい!駄々をこねるのが子供の特権だ」
無茶苦茶を言う。
「こんな時ばかり子供のふりをしないで下さい。オリビエ――――
ごめんなさい」
「っ!」
O2は扉にすがりついた。
「ごめんなさい、オリビエ……あなたとの約束、守れそうにありません」
「マリリアードッ!顔も見せずにそんなことを言っても、俺は何も聞かんぞ!」
「オリビエ……あなたと、居ると、とても楽しかった……私は私のままで居ることができた」
くすりと笑う。
「あと少ししか生きられないとわかっているのに、幼稚園に通って……私は、あなたと出会うことが出来た」
「……」
「ねぇ、オリビエ。人生とは、何て素晴らしいものでしょうね」
「何が……素晴らしいだっ!そんなセリフはジジィになってから言え!そんなのだから、お前は年寄り臭いんだ」
「まぁ、酷い。オリビエったら」
「……」
―――― でも……私は、あなたのことが大好きですよ。オリビエ
囁くように、マリリンは告げた。
「マリリアード!」
―――― オリビエ、もし……私が、……もう一度……・・・・
「マリリアード!この……扉め……!」
O2は扉に蹴りを入れた。
―――― もう一度……生きることが、出来たら……
―――― また、私と……遊んで、下さい……ね…………
「マリリアードッ!!!!」
マリリアードの声は、二度と返ることは無かった。