6、オリビエ君、おねだりする
マリリアードの前でとんでもない醜態をさらしてしまったO2は、自宅で母親の帰りを待っていた。
O2の両親は世界でも1,2を争う遺伝子学者で父親のほうは研究所から帰宅できるのも月に1度か
2度という状態だが、母親は幼いO2を意地でも独りにはしたくないらしく、どんなに遅くなっても
帰宅する。
あまり体の強くない母親に、無理をしなくてもいいのだとO2は言ったものだが、反対に『私の楽しみを
奪うなんて酷いわっ!』と泣く(マネ)をされた。
O2は時々、本当にこの母親から自分は生まれたのだろうかと本気で疑わしくなる。
5歳にして自立しているO2には母親の世話は必要ない。よって待つ必要も無いのだが、今日ばかりは
違っていた。
「あら、珍しいこともあるものね!」
案の定、玄関先に立っているO2を見つけて母親はそう言った。
「母さん、話がある」
「聞きましょう。大事な話なんでしょう」
普段はのらりくらりと要領を得ない話し方をする母親だったが、こういうときの察しのよさはさすがだ。
「先日、家に連れてきた……」
「マリリン君ね!」
「……そう、マリリアードのことだが」
あまりに嬉しげにされると、話すのが嫌になってくる天邪鬼なO2。
「シタン病というのを知っていますか?」
「……まさか、マリリン君が?」
母親の問いかけにO2が頷く。シタン病が何かなど、今さら母親には愚問だったらしい。
「それは……大変なことだわ」
お気楽極楽な母親が、かなり深刻な顔で呟く。
「特効薬は存在しないと聞きましたが、これからも望みは無いんですか?」
母親はなだめるようにO2の肩に軽く手を置き、首をかしげた。
「確かに存在しないわ……元々、シタン病というのはある特殊な人種にしか発病しない極めて珍しい
ウィルスなの。研究というのは、対象とするものが一定以上でなければなかなか進みにくいのよ。
あなたならわかるでしょうが、データ事態が集まらないし」
「可能性は?」
「……よくみて3%、というところかしら」
余計な気遣いも嘘もO2には通用しない。母親はただ、真実のみを語る。
「3%……」
厳しい数字だが、0ではない。『無』ではないのだ。
「母さん」
「なぁに?」
「一生に一度のお願いをしてもいいですか?」
「……。・……」
母親が本気で驚く顔を、O2は初めて目にした。
だが、その驚いた顔はすぐに優しい、慈しむような微笑を浮かべる。
「あなたが、私に……親にお願いするなんて初めてのことね。マリリン君はあなたにとって本当に大事な
友達……それ以上なんだわ。聞きましょう、オリビエ。一生に一度のお願いを」
母親に促され、O2は頷いた。
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”一生に一度のお願い”とやらを母親に告げた後、O2はマリリンの家に向かった。
「ようこそ、来てくださって嬉しいですよ。オリビエ」
「起きていて大丈夫なのか?」
「ええ、この通り」
にこやかに微笑んだマリリンは入るように、とO2に示すが、それを手振りで断り口を開いた。
「聞きたいこと……いや、言いたいことがあって来た」
「はい?」
「お前はあと半年の命だと言った」
「ええ」
「必ず半年は生きろ」
「……オリビエ?」
O2の言いたいことがわからず、マリリンは首を傾げる。
「約束しろ。マリリアード」
「……。……」
だが、O2は詳しく説明する気はないらしい。困惑した表情を苦笑に変えたマリリンは、死に行く者とは
思えないほどの輝きを秘めた瞳でO2を見返した。
「私は、死ぬその瞬間まで諦めないと、戦い続けると誓いました。オリビエ、あなたがどうしてそんなこと
を仰るのか私にはわかりませんが……出来うる限り、生き続けると……戦い続けると約束します」
「そうか。突然にすまなかったな……用事はそれだけだ」
「オリビエ」
踵をかえしたO2をマリリンが呼び止める。
「……ありがとうございます」
「……。……」
「また、明日」
「……ああ」
綺麗な、澄み切ったマリリアード極上の笑顔。
それはいつまでも、O2の記憶に焼きついていた。