4、オリビエ、我を知る
「私の身体はシタン病ウィルスという極めて致死率の高い病原体に犯されています。この病には
決定的な治療薬が存在しないので、薬で進行は僅かに抑えられますが、それでもオドロによると
私の身体が耐えられるのはあと半年だということです」
O2はマリリンの告白に、無表情のままでいながら雷に打たれたかのような衝撃を感じていた。
普段、考えずともあふれ出てくるような嫌味も口には出来ない。
「ああ、それからこの病は私以外に感染したりはしないので、安心して下さい」
マリリンは、いつものように慈愛に満ちた笑顔を浮かべてみせる。
「……」
どんなに聡明に見えてもマリリンは5歳の子供なのだ……子供。
それが自分の命があと半年しかもたないと言われて、何故まだ笑顔を浮かべていられる。
しかもそれが、無理やり作ったようなものではなく心からのものに見えるのだ。
「・・・何故、笑える。自分の命が半年だと告げられて」
マリリンの言葉が嘘や冗談で無いことはすぐにわかった。
都合のいい優しい嘘はつくが、自分自身に嘘をつく相手では無い。
「だからこそです。私は半年間・・泣いて暮らすよりは楽しく過ごしていたいんです。自分の運命を悲観
するのは簡単です。でもそれでは何もできないじゃありませんか。あいにく、私の身体はもう通常の
食物をとることは出来ませんが、触れて感じることはできます。聞いて楽しむことができる。見て感動
することができる。限りある命だからこそ私は精一杯に生きたいんです」
生を謳歌してみせるのだと、マリリンは悲しいほどに強い意志を輝かせる。
ただ優しく笑う姿より、よほど美しかった。
「実際、あなたという友人も得ることが出来ましたし」
「……な」
「オリビエ?」
「ふざけるなっ!」
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およそ生まれてこのかた、O2はこれほどに感情を露にしたことは無かった。
赤ん坊の頃でさえ、ろくに泣きもしないガキだった。
それがこの持て余すほどの、怒り……憤り?……何に対しての。
目の前の相手の……相手を苦しめる全てに対しての、抑えることの出来ない感情。
まさかO2が叫ぶとは思いもしなかったのだろう、マリリンが驚きに目を見開いている。
「勝手に現れて、勝手に消える……そんな友人があるものかっ!」
理不尽にすぎる。
これほどまでにO2を惹きつけておきながら、あと半年でその存在はこの世から完全に消える。
荒れ狂う怒りの奥にあるのは……悲しみ。
O2は、このとき初めて自覚した。
目の前の……マリリアードに対する自身の執着に。
初めて対したときから、O2はもう囚われていたのだ……この憎らしく優しい生き物に。
”友人”などという言葉では表せないほどに強い想いを抱いていることを。
……認めるしかなかった。
「……すみません、オリビエ」
「謝るな」
謝ろうと事実が覆るわけではない。
「俺などより、よほどお前は酷い奴だ」
「まぁ、ひどい」
「否定しないくせに、何を言う」
「……オリビエ」
マリリンがO2の手を取る。その手は驚くほどに白い。
「あなたは、私の最後で……最高の友人です。あなたに出会えたことを私は全てのものに感謝します」
「……。……」
言葉通り、最高の笑顔を浮かべてみせたマリリンに、O2は応えなかった。
なぜならば。
O2は思っていたから。
己が唯一執着した相手から、全てを奪おうとする全てのものを。
呪ってやりたいと。
憎んでやる、と。