3、マリリアードの秘密


 マリリアードが那藜幼稚園に転入して来てから一月が経った。
 そして今までずっと元気で現れていたマリリンの姿がちょくちょく消えるようになったのもこの頃から だった。

「せんせー、マリリンは?」
 当初の女だという誤解が解けた後もかわらず人気を誇っていたマリリンの休みに子供たちは不安に なったらしい。口々にマリリンの休みの理由を尋ねてくる。
 保育士は言葉に詰まった。
「マリリン君はね……ちょっと風邪を引いちゃったみたいなの」
 保育士の言葉に子供たちはほっとした。それならすぐに元気な姿を見せてくれるだろう。
 感染ったらダメだからと言われ見舞いは禁じられてしまったが……。
 O2もまた、最初のうちは風邪を引くなど己の体調管理が出来てない馬鹿だな、と気楽に胸の中で 笑っていたのだが、その回数が多くなるにつれて、マリリンが患っているのはどうやらただの風邪 ではないらしいと検討をつけた。
 そして、奇妙に強い不快感が突き上げる。
 その不快感がどこから湧き上がるものなのか不思議に思いつつ、O2は保育士にマリリアードの住居が どこなのかと尋ねた(脅した)。


「何であいつはこんなところに住んでいるんだ……?」
 マリリアードの住居は那藜幼稚園から遠く離れた……完璧に学区外と呼べる鬱蒼とした山の中にあった。 O2の記憶によれば、このあたりは那藜ではなく”ラフェール幼稚園”の学区に入るはず。
 ……ああ、そういえばラフェール幼稚園はこの間取り壊されたと新聞に載っていたな…… 己に関係ないことなどでその事情など深くは知らなかったが、マリリアードが那藜に通うことになったのは そのあたりに原因があるのかもしれない。
 まぁいい。それはともかくとして、この鬱蒼とした森の中でマリリアードの住居を探すほうがO2には重要だ。
 保育士が説明と共に差し出した(O2が脅し取った)地図を頭の中に描きながらよどみなく歩いていく。

 やがて、O2の目の前に瀟洒な洋館が現れた。
 とんでもなくでかいその建物は端が見えない。庭もほとんど山と同化している。
 言動からただの一般人だとは思ってはいなかったが……。
 だが、ここで引くほどO2は甘くも人がよくも無かった。マリリアードが大富豪だろうと大貧民だろうとO2に とってはさしたる問題ではないのだ。

 O2は鉄柵の前に立つと余計に装飾のなされたインターフォンを押した。

『はい、どなでしょう?』
 すぐに機械的な声がかかってくる。
「俺はオリビエ=オスカーシュタインと言う。マリリアードに会いたい」
『オリビエ=オスカーシュタイン……オリビエ、ですね……』
 機械声はしばし逡巡したような沈黙の後、お入り下さいと告げ、それと共にゆっくりと鉄柵が開いた。



□□□■■■□□□


 広大な屋敷の中は、人の気配が無く閑散としていた。
 お手伝いがぞろぞろ出てくるところを想像していたO2にはこの静寂は少々意外だった。

『光主の部屋は目の前の階段を上って、右の奥。突き当たりになります』
 O2の頭の上から再び機械音が落ちてきた。
 光主?……マリリアードのことか?
 もしかすると、この声の主はマリリアードが言っていた”オドロ”とかいうAIか。
 それでも何故誰も”人間”が出てこないのかは、謎だ。
 O2は思考をめぐらせつつ、案内された部屋の前に立った。

「入るぞ、マリリアード」
 重厚にして荘厳な雰囲気をかもし出す扉をO2は何の感慨もなく開け放った。
 だが、O2の冷静さもそこまでで、目の前の状況に絶句することになる。

 綺麗に磨かれた、鏡のような大理石の上にマリリアードが横たわっていたのだ。



「っマリリアードっ!」
 常になく狼狽したO2は横たわっているマリリンに走り寄った。
 膝まずいたO2はまず呼吸を確認する……このあたり動揺していてもただの幼稚園児ではない。 横隔膜の上下と口かれ漏れる少々荒い呼吸に、ひとまず心を落ち着けろと言い聞かせた。
「マリリアード」
 目を閉じている相手に再び呼びかける。
 すると……うっすらと銀色の瞳をマリリアードは覗かせた。

「ああ、オリビエ。あなたを迎えに出ようとしたら、倒れてしまいました」
「……馬鹿か、お前は」
 O2は言わずにはいられなかった。
 そうだろう。どこの世界に尋ねてきた友人を出迎えようと起き上がって玄関に行こうとする重病人が 居るだろう……や、重病人でなくとも病人は素直に寝ているものだ。 しかも途中で力尽きて倒れるなどと、愚かな所業としかO2には思えない。
「まぁ、病人に対して酷い言いようですね」
「そういうなら大人しく寝ていろ」
「だって、オリビエがせっかく訪ねてきてくださったのに……この家には人間は私しか居ないですし」
 やはり、そうだったのか。
 O2はマリリアードの言葉に合点がいった。人気どころか、有機物の匂いがほとんどしない屋敷だ。
 起き上がろうとするマリリアードに手を貸して、そのままO2は寝室まで肩を貸した。
「すみません、お手数をかけて」
「気にするな」
 相手が弱気なところを見せるのは気に入らない。いつものO2ならこれ幸いとつけ込んで完膚なき までに弱らせてやるところだが。不思議とマリリアードに対してはそんな気はおきなかった。
「でもこんなところまで来てくださってありがとうございます。遠かったでしょうに」
「確かに。何もこんなところからわざわざ幼稚園に通わなくてもよかろうに」
「ええ、オドロにも言われました。でも……残り少ない人生、自分ひとりで孤独に過ごすよりは大勢で 楽しく過ごしたいでしょう?」
「……どういう意味だ?」
 O2の頭脳がマリリア―ドの言葉の意味を理解できない訳がない。理解したくない、だから重ねて問うた。
「だから私は騒がしいのが好きだと」
「そうではない!」
 いらいらしたO2の物言いに何より驚いたのは本人だった。マリリアードは少し目を大きくしたものの、困惑 したように微笑を浮かべると・・・・

「私の命はあと半年だと、医師に告げられているのです」
 と、気負いも無くあっさりと言ってのけた。