2、オリビエ君のはじめてのお友達
三日目の夕方。
帰宅しO2を出迎えた母親は妙に浮かれていた。
「どうしました、母さん?」
いつも笑顔で出迎えてはくれるのだが、いつも何かしら『困ったわねぇ』といったため息をつくのが
通常なのに、これほど楽しそうなのも珍しい。
「幼稚園のほうから電話があったの」
「何と?」
「オリビエ君にいいお友達が出来たみたいです、て」
「……”ともだち”?」
O2の眉がぴくりと動く。
一つの人物が脳裏に浮かぶがすぐさま打ち消した。
あれは好敵手であって、友人なのでは断じてないのだ。どうやらそのあたりのことが、あの馬鹿な
保育士にはわからなかったらしい。
「ふん、あいつはただの同級生です」
「母さんの夢だったのよ♪いつかあなたがお友達を家に連れてきて、美味しい手作りのケーキを
ご馳走するのがvそれでいつ連れてきてくれるの?」
全くO2の話を聞いていない。ここまでO2のことを無視できるのは世界広しといえどそう多くない。
その貴重な一人であるO2の母親は何のケーキを作ろうかしら、と早くも胸を躍らせていた。
「母さん、あれは……」
「まぁ、お友達に”あれ”なんて言ってはダメよ?お名前は何ていうの?」
「……。……マリリアードです」
襲いくる頭痛に耐えながら、O2は母親に逆らうのを諦めた。
「まぁ、綺麗な名前だこと、女の子?ガールフレンド?」
「違います、男です」
確かにマリリンの見かけは十分に女の子で通じるが、O2には断じてあんなものをガールフレンド
などにする趣味は無い。
「それでいつお招きしようかしら?」
母親の頭の中ではマリリンを家に連れてくることはすでに決定ずみらしい。
抵抗しても無駄なのは生まれてからわずか5年の間で学習済みだ。
「今週の休みでも」
「うふふ、楽しみね~」
るんるん、と足取りも軽く部屋へ戻っていく母親に、O2は敗北感を噛み締めていた。
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「土曜日は空いているか?」
「いきなり何ですか、こんなところで。今何をしているのかわかってますか?」
翌日、幼稚園でO2はマリリンに母親と約束したことを切り出そうとしたのだが。
「くだらん、英会話の授業とやらだろう」
そう、英才教育で有名なこの那藜幼稚園は語学教育になみなみならぬ力を注いでいてわざわざ
ネイティブの教師まで置いている。
今、園児たちの前ではその教師が”ハロ~”などとにこやかに挨拶している最中だ。
もちろんこの教師もO2の”いびり”にあっている。
「あなたにとってはくだらなくても皆にとってはそうではありませんよ」
「何だ、お前は英語の一つも話せんのか」
「私が話せるか話せないかは問題ではありません。とにかく私語は謹んで下さい」
「わかった、後で話をしよう」
引く気の無いマリリンに珍しくもO2のほうが引いたのは、これから楽しくもない母親の願いごとやらを
実行しなければならない”弱み”がO2の側にあったからだ。
だが、そんなことを知らない一同は(ネイティブの教師も含め)、敢然とO2に意見し黙らせたマリリンに
果てしない尊敬の念を抱いたのだった。
「それで、どうされたんですか?」
授業が終わり、遊戯の時間になったところでマリリンはO2に切り出した。
O2は積み木やぬいぐるみといった遊戯具には見向きもせずに持参していた電子図書に目を通して
いたところだった。ちなみにその本のタイトルは『聖者の死と宗教の腐敗』。
「土曜日に家に招きたい……と、何だその顔は」
「いえ、少々驚いたものですから。でも嬉しいですよ」
「別にお前を喜ばせるために呼ぶわけでは無い。勘違いするな、マリリアード」
「おや、そうですか?」
面白そうにO2の顔をのぞきこむマリリンにO2は銀灰色の髪をかきあげながら吐息をついた。
「母がお前にケーキを食べさせたいらしい」
「まぁ、それは楽しみですねv私もケーキ作りは得意なんですよ」
私もせっかくですから何か作っていきましょうか、と尋ねるマリリンにO2は皮肉な笑いを浮かべた。
「お前、女らしくするのは嫌っていたのでは無かったのか?」
「嫌いですよ。でも料理をするからといって女らしいというわけではありませんよ。男だって今の時代は
そのくらいのことをしないといいお嫁さんはもらえません。オリビエ、あなた意外と封建的ですね」
くれぐれも忘れてはならないが、これは5歳児と5歳児の会話なのだ。
「俺が封建的ならお前は前衛的か。とにかく土曜日、午後1時でどうだ」
「ええ、よろしいですよ。では、午後1時にお伺いします」
「俺の家の場所を知っているのか?」
「知りませんよ。でもうちのオドロに聞けばわかりますから」
「そうか」
「オリビエ、嬉しいときは素直に笑ったほうがいいですよ?」
「嬉しい?誰が」
「あなたですよ。何だか楽しそうです」
マリリンに指摘され、O2は口をつぐんだ。
嬉しい?何が。こいつを家に招くことが?……まさか。
「そちらこそ、俺に招かれて嬉しいのか?」
「ええ、嬉しいですよ。あなたは私が転校してきて始めてできた友人ですからね」
さて、一方的に片方が友人だと思いこんでいるのは、本当に友人として成り立つのか。
成り立たたんだろうな、とO2は結論を出したが、不思議とマリリンに友人だと言われて不快では
無かったのも事実だった。
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そして土曜日がやって来た。
時間より10分前にO2宅にやって来たマリリンは出迎えた母親と(強制的に出迎えさせられた)O2に
礼儀正しく挨拶した後、母親に青系でまとめた花束を差し出した。
幼稚園でいつも着ているような女物ではなく、少々派手なものだが男物とわかる服を着ているマリリン
からは幼いながらも凛とした気品が漂い、そんな仕草も様になる。
「まぁ、綺麗!ありがとう。嬉しいわv」
「私も喜んでいただけて嬉しいです」
「さぁ、あがってちょうだい。オリビエにあなたもケーキづくりが趣味だと聞いたのだけれど、私のケーキも
食べてみて下さいね」
「はい、喜んで」
意気投合する母親とマリリンに、玄関で見捨てられたO2はふんと鼻を鳴らした。
「本当にあなたには感謝しているのよ」
三人でケーキを食べながら(重ねて言うがO2は強制参加)母親がマリリンにそう言った。
「何がでしょうか?」
「この子ったら今まで3度幼稚園を放校になって、家庭教師はいじめて追い出すはで協調性のき
どころかそんな文字が存在することさえ知らないんじゃないかってほどだったんだけど、あなたの
ような優しいお友達ができたおかげで今度は楽しく幼稚園に通っているようだから」
「私こそオリビエのおかげで楽しく過ごさせていただいてます。何しろこんな容姿でこんな言葉遣いな
ものですから女扱いされていじめられることも多かったんです」
「まぁまぁ、こんな綺麗なあなたをいじめるなんて……きっと好きな子ほどいじめたいってやつね」
「では、きっとオリビエもそうなんでしょう」
「ま。ほほほほほほ」
「ほほほほほほ」
「……。……」
二重の高笑いにさらされながら、O2はこの拷問ともいえる時間が早く過ぎ去るように生まれて
初めて神に祈ってもいいと強く思うのだった。