1、出会いは突然に、そして最悪に


 通園すること三日目。
 そろそろ保育士たちが根をあげる頃だと、最後の仕上げのいじめをどうするかと思案していたO2の視線の 先でガラガラと扉の開く音がした。何ともレトロな響きをかなでるこの教室の扉はわざとそうしている としか思えないが……まぁ、そんなことはどうでもいい。
 特に興味はなかったが、最前列を陣取っているため自然と視界に入ってくる保育士……とおまけ。
 うわ~と教室のどこからか歓声まじりの幼い声がした。


「おはよう、みんな。今日は新しいおともだちを紹介するからねv」
 普段ならば保育士が姿を見せた途端にわらわらと集まる子供たちが遠巻きにして息を呑んでいる。
「じゃ、自己紹介できるかな?」
 保育士が(何という名前だったか)隣にいる”新しいおともだち”とやらににこりと笑いかけた。
 ”新しいおともだち”はそれにこくり、と頷き口を開いた。

「わたしの名前はマリリアード=リリエンスールです。呼びにくいので”マリリン”と呼んで下さい」
 ”新しいおともだち”とやらはO2の予想に反して淀みなくはっきりと自己紹介をした。
 『うわ~、めちゃくちゃカワイイッ!』『マリリンだって!ぴったりじゃんっ!』……どこかのませたクソガキ の定型どおりの物言いにO2は鼻で笑いそうになる。
 確かに目の前の”新しいおともだち(マリリンだかクリリンだか知らないが)”は、はっきり言って可愛い。
 長い黒髪は腰のあたりで切りそろえられさらさらと揺れて、小さな白い端整な顔の中で桜色の唇が 笑みを形作り、銀灰色の瞳はきらきらと輝いている。 往路を歩いていれば必ず誘拐されるだろう。
 審美眼に関してはとてつもなく厳しいO2だとて太鼓判を押していい。それはもう何個でも。
 だが……。

「”マリリン”?男でそんな名前なぞ気色の悪いだけだな」
 とても5歳だとは思えない辛辣な口調でO2は言い放った。
「っオリビエ君!」
 その言葉に保育士のほうがとがめるような叱声を飛ばす。だが、そんなものは大して問題では無い。
 O2の背後の子供たちは、『何言ってんだ、こいつ?』と意識を飛ばしてくる。
 どう見ても『女の子』にしか見えない相手にO2が男だと言ったことが理解できなかったのだろう。 口に出してはいえないあたり気弱さが伺えて、O2には馬鹿にする対象でしかない。

「ええ、私は確かに男ですけど……」
 目の前の”マリリン”は一瞬O2が見惚れるほどの笑顔を浮かべた。
 そして……
「オリビエ、なんて舌を噛みそうな名前より呼びやすくていいと思いますよ?」
「……ふ」
 O2は言い返したマリリンに不適な笑いを浮かべた。
 相手に不足なし。
 これまで同年代でO2に負けない口調で言い返してきた相手は皆無だった。

 
 こうして思いもよらぬ好敵手に出会ったオリビエ君は本日でやめてやろうと思っていた幼稚園に 残(ってや)ることに決めたのだった。



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「それにしても何でお前はそんな阿呆な格好をしている?」
「別に好きでしているわけではありません」
 O2とマリリンは向かいあって……傍から見るとなごやかに話しているように見える。
 しかし漂うオーラがただ事でなく子供たちばかりか、保育士まで遠巻きにしているのだが。
「趣味か?」
「それこそ阿呆なことを言わないで下さい。これは育ての親の趣味です」
「ほぅ……さぞ立派な親なのだろうな」
 ふふんと鼻で笑われて、普通の子供ならここでO2に殴りかかり返り討ちにされるところだがマリリンは 典雅とも言える笑顔を浮かべたままで、”ええ、本当に”と答えた。
「本当に立派すぎて涙も出ません。いくら私が男だと訴えても女だと誤作動を起こしたオドロは聞く耳を もってくれませんからね。おかげで今の私はお茶とお花と歌舞、話し方や振る舞いまで女の子として 完璧に振舞えますよ」
「誤作動……ああ、AIが親なのか」
「ええ、両親ともにぽっくり逝ってしまいましたから」

 延々と続けられるとても子供とは思えない会話に保育士は気が遠くなる思いだった。 だが、マリリンが居るおかげでオリビエ君の注意がこちらに向かないのだから、よしとしよう。 この幼稚園に勤める保育士たちは多かれ……徹底的に皆、オリビエ君にいびられていたのだから。

「ところでまだ伺ってませんでしたが、あなたのお名前は?」
「俺は、オリビエ=オスカーシュタイン。通称O2と呼ばれている」
「そうですか、では私は”オリビエ”と呼ばせていただきますね」
 O2の背筋に今まで感じたことのない震えが走った。
 その感覚を不思議に思いつつ、O2は唇の端をあげひにくるように言った。
「舌をかみそうな名前ではなかったのか?」
「噛まなければ素敵なお名前ですよ」
「ふん、では俺はお前のことを”マリリアード”と呼ぶ。この程度は俺にとっては呼びにくい範疇では無い」
「ええ、構いませんことよ、オリビエ」
 そしていきなり手の甲を口元に当てて『ほーほっほっほっ』と笑い出したマリリンにO2を除く室内に 居た全員が完全に硬直した。



 こうしてオリビエとマリリンは運命の出会いは果たしたのだった。