ロシア紅茶
「何故、お前がここに居る?」
「居てはいけませんか?」
O2の問いに優雅に問いかけで返したのは、マリリアード・リリエンスール。ラフェールの王子である。
彼等二人が半年ぶりの再会を果たしたのは、アンティーク調の家具が配された、時代錯誤極まりない
部屋の中だった。
部屋の中央には、金で装飾が施されたテーブルが置かれ、椅子に座ったマリリアードが紅茶のカップを
口に運んでいた。その光景は、どんな絵画でさえ子供の落書きに思えるほど嵌まりすぎていて、見る者
の心を忘却の彼方へ運び込む。
眉ねを寄せ、不機嫌さながらのO2に対し、マリリアードは清華な微笑を湛え、まぁお座りなさいと対面に
ある椅子をO2へとすすめた。
「お前は馬鹿か」
「まぁ、酷い」
座るや否やの暴言に、マリリアードはわざとらしく頬に手をあて、驚いてみせた。
「これを馬鹿といわず何を馬鹿と言う。ちんけなテロリストにわざわざ捕まってやるとはマリリアード王子は
余程暇を持て余しているとみえる」
「いえいえ忙しさのあまり、ちょっとお休みがいただきたくなったのです」
「お休みついでに、お前は玩具になるのが趣味なのか?」
「まさか」
くすりと笑ったマリリアードは、サモワールから紅茶を注ぎ、O2に渡す。
「陶器か。すぐに壊れるものに無駄に金を出す気がしれん」
「壊れるからこそ価値が高くなるんですよ。永遠不変のものなど……そう、ありはしません」
「……」
手渡された紅茶をO2は覗き込む。毒物が混入しているとは思っていないが、しびれ薬程度のことは
必要とあれば用意するのに躊躇はしないだろう……目の前の相手は。
それくらいには、信用している。
O2は僅かに口をつけ、テーブルに戻した。
「この部屋に私を招待して、眺めるのが夢だったそうです」
「くだらん」
「本当に毎日毎日、よく飽きもせずやってきては部屋と私を眺めて、お茶を一緒に飲まれたら出て行く
のですよ。そう、今日もいらっしゃいましたね」
「……」
「そう言えば、茶器がそのままでしたね」
「おい」
O2の嫌そうな視線がカップに注がれた。
「間接キス……なーんてv」
「……マリリアード」
「冗談ですよ。冗談♪安心して下さい。ちゃんと別の奴ですから」
「……」
銀河広しといえど、ここまでO2をおちょくることが出来る人間はマリリアード一人だろう。
この場にO2の部下が居れば、あまりの恐ろしさに昇天したかもしれない。
だが、他人にも自分にもどこまでも厳しいO2が唯一寛大である相手は、優雅に微笑んだまま。
「さて、ではお迎えも来たようですし……帰りましょうか?」
漸く立ち上げる気になった相手に、O2は憮然とした顔のまま……
「自分を囮にしてまで守りたかったものは何だ?マリリアード」
「さぁ、何のことでしょう?」
僅かな動揺も見せず、マリリアードは美しく笑う。
全てを許し、包み込む慈愛に溢れたその笑いは、銀河系一鬼畜な男にも分け隔てなく注がれる。
「いい加減にしておかないと・・・犯るぞ」
「ほほほほ、是非返り討ちにして差し上げると何度申し上げたらおわかりになるんでしょうねぇ?オリビエ」
重低音の笑いにも動じることなく、O2はマリリアードに並んだ。
「でも……」
今まで浮かべていたのとは全く別な、悪戯っぽい笑いを浮かべてマリリアードがO2を見た。
「ご心配をおかけしました。いらしてくれて嬉しいですよv」
「……。……お前のような奴こそ、性悪で鬼畜と呼ぶのだ」
「ほほほほほ、オリビエったら照れちゃってv」
「……」
数多の部下に畏怖される情報部部長も、マリリアードにあっては形無しだった。