惚れたが負け
「……は?」
忙しい日常の合間を縫って情報部のO2の元を訪れたマリリアードはそんな間抜けな声を出した。
「ロブ=ジョナサンは昨日づけで戦略研究所へ転属させた。残念だったな」
「……。……オリビエっ!」
繰り返し言われた言葉にマリリアードは目を吊り上げた。
だいたい本日情報部にやって来たのは忙しくて休みも取れないというロブのメールを受け取ったからで
O2に会いにやってきたわけではない。
それなのに、当の本人が不在なばかりか……転属。
「何を怒る?」
「当たり前でしょうっ!私は3日前にあなたにロブ君の休暇の確認をとったはずで、ここに来ることは
わかっていたでしょう?」
「ああ、確かに」
「計画的犯行ですね?」
「そうだな、計画的だ。ロブ=ジョナサンは情報将校としては些か適性を欠いていた。近く転属させる予定
だった。しかし”犯行”とは言えまい?」
「何をぬけぬけと……どうせ、私がロブ君に会いに来るといったのが面白くなかったんでしょう?全く大人げ
ないんですから。ああ、どうしましょう、せっかく作ったチョコレートケーキが・・・フルーツタルトもチーズ
スフレも持ってきたというのに……」
「私が食べよう。それで問題は解決だ」
「あげませんよ。意地悪なオリビエには欠片もあげません……戦略研究所と仰いましたね?」
マリリアードの言葉にO2が眉をひそめた。
「行くつもりか?」
「もちろんです。私はロヴ君に会いに来たわけで、あなたに会いにきたわけではありませんから」
無表情で知られるO2の顔が見事に憮然となる。
そんなオリビエにマリリアードは”全く困った人ですね”といった苦笑を浮かべた。
「どうせあなたのことですから、何も言わずに転属させたんでしょう?」
「何を言う必要がある?」
「いくらロヴでもいきなり転属を言い渡されれば落ち込みますよ。しかも理由が”情報将校として些か適性
を欠いていた”だなんて」
「全くその通りだろう」
「確かにロヴ君は非情になりきれないところがあります。でもそれも彼の良いところだと思いますけど……
ですが、それだけでは無いでしょう?あなたは無能では、ありません。オリビエ」
含みある笑顔にO2が嫌そうな顔になった。
鉄面皮で知られる情報部部長もただ一人、マリリアードの前では千差万別に表情を変える。
「戦略研究所への転属はロヴ君のことを考えてでしょう。普段はちょっと日和見主義なところがありますが
いざとなったときの決断力と状況判断、作戦立案能力など……彼の能力を最も生かせる場所ですからね」
「・・・私が彼を部下として無能だと判断したことに変わりは無い」
「そして、一方で参謀として評価しているわけです。オリビエ、あなたは言わなくていいことは殺されても
言うくせに、肝心なことで口を閉じてしまうんですから・・・ああ、ロヴ。可哀想に・・きっと落ち込んでいる
んでしょうね」
「……。……」
ついに無言となったO2を無視して、マリリアードはソファから立ち上がった。
「オリビエ、あなたが外見に似合わず優しいことを私は知っていますけど、そんなひねくれたままでは
通じるものも通じませんよ」
「お前にだけ通じていればいい」
小声でふてくされたように言ったO2にマリリアードは吹き出しそうなる。
こんなO2の姿を見ることができるのは、銀河広しといえどマリリアードくらいだろう。
「オリビエ、普通ならもっと周りに目を向けなさいというところですが、あなたには言っても無駄なようです
から、せいぜい私に見放されないように頑張って下さいv」
マリリアードは満面に笑みを浮かべると、O2の目の前に手乗りサイズの四角い箱をぽんと置いた。
「あなたへのお土産です。甘さ控えめでブランデーをきかせてありますから、オリビエの口にもあうと思い
ますよ。では、私はロヴ君のところへ行きますから失礼します」
「c。……」
驚愕した気配をまとったまま箱を見つめるO2をよそに、マリリアードはいそいそと立ち上がると情報部
部長私室をさっさと出て行ってしまった。
後に残されたのは、目の前の箱を複雑な心境で見つめ続ける一人の男の姿。