犬も食わない


「こんなところで会うとは奇遇だな」
「・・・・そうですね。本当に珍しいところで」
 銀河連邦情報部部長O2とラフェール最後の王子マリリアードが半年ぶりに出会った場所は 銀河就航何十周年やら何百周年やら……まぁ、お題目はどうでもいいが、いわゆる祝賀会、パーティ 会場だった。
 マリリアードはともかくとして、O2とパーティ……似合わない。
 
「何をなされてるか、とは聞きませんが……激しく目立ってますよ?」
「言われるまでもなくわかっている。その半分はお前のせいだ」
「それは責任転嫁というものです」
 とは言ったものの、そっくりな美形が並んで立っているのは相乗効果で目立つ。
「目立つのが嫌なら私の傍に居なければよろしいでしょうに、そんなに私に会いたかったんですか?」
「これも仕事の一つだ、仕方あるまい。もっとも、お前の顔を見たかったというのは否定しないが」
「・・・・何だか気持ち悪いですね、素直なあなたというのも。何かあるんですか?私の傍に居るのが 仕事の一環というのなら・・・」
 自分にも知る権利がある。マリリアードは暗に瞳だけでO2を問いただした。

『この会場にテロリストが紛れこんでいる』
 O2は会話を肉声からテレパシーに変えた。
『物騒なことですね、狙いは私ですか?』
『いや、それならば話は簡単だ。目標はない、無差別テロだ』
『それなら私についている必要は無いのでは?』
『この会場で一番目立っていて、殺しがいがあるのはお前だ。私がテロリストならまず狙うだろう』
『・・・・それは光栄です、と言っておくべきでしょうか?』
 マリリアードは清華な笑顔を浮かべたまま、傍にはにこやかに歓談しているように見えるかもしれない。
『とりあえず、お前は何も知りませんといった間抜けなラフェール人を装っていろ』
『全く・・・人を囮にするならそれなりのお願いのしかたがあるでしょうに・・・・わかりました。お手伝い しましょう。間抜けかどうかは知りませんが、いつも通りに振るまっています』
 話がつくと、O2はマリリアードから少し離れた場所へ移動した。
 O2が離れた途端、マリリアードの周囲には待ち構えていた人々が集まってくる。
 どこへ行っても引っ張りだこで人気者なマリリアードは、パーティ会場では落ち着く暇も無い。まぁ、 マリリアードもそうやって人脈を広げていっているのだから文句を言う筋合いではないが。

 その後もO2は一定の距離を保って着かず離れず、衛星のようにマリリアードの周囲をうろつき、 マリリアードも近づく人ごとに注意を払い、何事も無い時間が過ぎていく。 O2自ら出てきたことから情報がデマだったということは無いだろうが。
 諦めたのか・・・とマリリアードがO2に確認しようとした瞬間。
 O2から怒声のようなテレパシーが響いた。



「我らが志のためにっ!」

 

 おそらく会場入り口の万全のセキュリティーのため電子武器は持ち込めなかったのだろう、原始的な ナイフを振りかざした男がマリリアードに突進してきた。
 しかし、そんな攻撃はマリリアードには蝿がたかるが如くでしかない。動きも鈍ければ、殺気も乏しい。
 あっさり腕をとらえ、足払いをかけて床に組み伏せた。
 警備の人間が慌てて駆け寄ってくる。
 周囲の客も何が起こったのかと、小さく悲鳴をあげて逃げ出す者まで居る。
 マリリアードは警備にテロリストを渡すと、O2の姿を探した。

(いったいどこに……)

 
「動くな」
「……っ」
 背後から何かを当てられ、マリリアードは油断していたと舌打ちした。
 視界の端に映る姿を確認すれば、何と先ほどの警備の男ではないか。まさか二段構えとは。
「殿下、あなたならかなり貴重な人質となっていただけますね」
「・・・慎んで、ご遠慮申し上げますよ」
 マリリアードがそう言い終えるよりも早く、ナイフを押し当てていた男の体が痙攣し、どさりと床に倒れた。 これほど強力なサイコサンダーを放てる人間はそう多くはない。
 今のがマリリアードではなければ、O2しか居ないだろう。

「油断したな」
 解放されたマリリアードにO2が無表情で近寄ってくる。
「少しばかり。あなたが護衛してくれるというので安心していました」
「・・・・言っていろ」
 O2はボーイや警備に紛れていた部下たちに指示を与え、他にも怪しい動きをした人間たちをまとめて 片付けていく。
「無事で何よりだった」
「今日は驚くことばかりですね。今回はあなたが出てくるほどの捕り物だとは思えません でしたし……まだ何かあるんですか?」
 あまりにあっさり片付き過ぎた騒ぎにマリリアードの疑念が強まる。良くも悪くもO2の能力をよく理解して いるだけに、O2の登場が謎だった。
「これで終わりだ。何も無い……が、私がわざわざ出てきた理由ならば教えてやらんことも無いが?」
「何だか嫌な予感がします、教えていただかなくても結構です」
 何かを企んでいるとしか思えないO2の口元の笑みに、マリリアードは先ほどのテロ以上に警戒心を 強めずにはいられない。
「お前がここに居たからだ、マリリアード」
「……。……そう、ですか」
 ますます警戒を強めるマリリアードとの距離をO2はつめると、美しく流された黒髪を一房つかみ、 目の前で口づけて見せた。






「お前は私の天使だからな、マリリアード」






 嫌になるほど魅力的な笑顔を浮かべて、O2は言い放った。
 一瞬、マリリアードの思考が完全に停止する。

「今、凄く……ロヴ君に共感しました。今度からロヴ君を天使だと呼ぶのは自重しましょう」
 これほど呼ばれてダメージを受ける単語だとは、まさか思いもしなかったマリリアードである。
 当分、この気持ち悪さから抜けられないかもしれない。



「今日のところは、潔く負けを認めましょう、オリビエ。次に会うときは覚悟して下さいね」
「ああ、せいぜい今日のように返り討ちにしてやろう、マリリアード」

 笑いあう二人はビジュアルは最高なのに、重く冷たく不気味な殺気を撒き散らしていた。