友情無情


■ 愛しのオリビエへ

 あなたのことですから、人の迷惑かえりみずお元気でいらっ しゃることと思います。
 さて、今日メールを差し上げましたのはあなたにどうしても お伝えしたいことがあったからなんです。
 私としてもあなたにこんなことを伝えるなんて本当に心苦しくて 申し訳ないと思っています。
 でも、仕方ありませんよね。
 だって私、もうすぐ死にそうなんですもの。





 そんなメールが銀河連邦情報部長。オリビエ=オスカーシュタインのもとに届いたのは 夜と朝の間、つまり深夜だった。


「……」
 このアドレスは通常の人間には知る術は無い。 強固なセキュリティーとO2の超能力によって許された人間にしかアクセスできない。
 だから、悪戯ではないだろう。

 そういえば、あいつにアドレスを教えておいたな。

「……何の冗談だ?」
 だが、あの男がこんな冗談をわざわざメールで送って……くるかもしれない。 他人にはとてつもなく優しいマリリアードだが、O2にだけは人でなしなことでも 平気で行う。
「確か、今あいつは……」
 数日前に惑星カイユの方へ帰っていたはずだ。
 カイユまで行くのか……?
 あのラフェール人の中に行くのはかなり不快だ。

 O2の好き嫌いはかなりはっきりしている。
 ・・・いや、O2にとって人間とは役に立つ立たないで分類される存在であって 好意や嫌悪を抱く対象にはならない。 よしんばそうなったとしてもほとんどが嫌いに分類されるのだが……。

 ラフェール王国最後の王子、マリリアードだけは例外だった。
 例外も例外。
 O2が無条件で好きだと思う対象だ。

 O2のただ一人の友。


「……」
 情報部部長の仕事は普通の人間が二百年生きても全て完了させるには無理だと 言い切れるほどの仕事量をこなしているのだが、その気になれば1,2週間の休暇を 取るのは無理なわけではない。

「ふむ・・」
 すでに心を決めていたO2は部下を呼び出すためにパネルを叩いた。












「……何の用ですか?」
 惑星カイユの管制では緊張に包まれていた。
 何故ならば、中央スクリーンに最も目にしたくない存在を映し出していたからだ。
 応対した通信士の声には明らかに敵意が含まれている。
 ラフェール人には至極珍しい反応だ。
「マリリアードに用がある。こちらに戻っているだろう」
 スクリーンに映る美貌……O2はそんなことも気にせず、むしろ面白がっている笑みさえ 浮かべて横柄な口調で尋ねる。
「殿下は不在です」
「どこへ行った?」
「あなたに答える義務はありません」
 予想しちた相手の答えだけにO2は驚きもしない。
「なるほど。マリリアードの行方は下っ端などには伝わるべくも無いか。くさってもあいつは 王子だしな」
「何を・・・っ!」
 人を不快にさせることに関しては天才的なO2が続ける。
「その気になればあいつはどこへでも自由に行ける。まぁ、もっとも辿りつく先への道も 満足に歩けないような子供を見捨てるに見捨てられずこんなところに留まっているのは 不幸としか言いようが無いがな」
「くっ!」

「オスカーシュタイン大佐」
 
 O2の言葉に色めきたった管制室に静かな一声が響いた。

「カラマイ様っ!」
「静かにしなさい。こちらが無礼な態度をとれば相手が不快になるのも当然でしょう」
「……はい」

「久しぶりだな」
「お久しぶりです。相変わらずお元気そうですね」
「そちらもな」
 これでもO2にすれば丁寧な対応といえる。
「殿下ですが、本当にこちらにはいらっしゃいません。二日前にお一人でお出かけになり ました。行き先は伺っていません・・・ただ、もしあなたが来られるようならと伝言を 言付かっています」
「ほぅ……」

「『生まれ出る悩み』……だそうです」

「……。……」
 何のことだ?
 
 それはきっと今この場に居る全員の心の声だっただろう。








 かつて、ある勢力による爆弾テロによって破壊された花を燃した建物の一部は 跡形もなく復元され、その名残さえとどめない。 そんなことなど無かったかのように穏やかで静かな場所。

 那藜……学都惑星である、ここに。
 O2はあの日以来初めて足を踏み入れることになる。
 この地に……両親が眠る。
 もっとも、O2に過去を偲ぶような感性は存在しないので両親の墓参りのために わざわざやって来たわけではない。



「……マリリアード」
 共同墓地の中でも一際立派な墓碑の前に黒く美しい髪を背中へ流し、膝まづく姿は 一瞬、その場が現在から切り離されたように異質だった。
 その黒髪の人影がO2の呼びかけにゆっくりと振り向く。

「オリビエ。早かったですねv」
 悪びれない口調で言い切った男は、何とも言えず美しい。
 O2でなければ、しばらく言葉を無くし、凍り付いていただろう。
「物騒なメールをいただいたものでな」
 ラフェール王国最後の王子は、くすりと笑った。
「よくここがおわかりになりましたね?」
「勘だ」
 マリリア―ドはまぁ、と目を大きく見開く。
「それよりも何をしていた?」
「見ればわかるでしょう。お墓参りですよ」
 墓碑に学長夫妻の名前が並ぶ。
「オリビエ、あなた、私にご両親を紹介してくださると言ったでしょう。そのご挨拶が まだだったことを思い出したものですから」
「そんなただの石の塊に挨拶するなど……痴呆がきたか?」
「まぁ、酷い。私はただ、悪たれ口の減らないオリビエ君のお友達のマリリアードですと ご挨拶したかっただけです」
 オリビエ君、のくだりに僅かにO2の眉が上下した。
「そういえば、手作りのケーキでもてなしたいとか言っていたな」
「そうですか。……ご一緒に作りたかったですね」


「あのメールはどういうことだ?」


「すみません。あんな呼び出しで無いと忙しいあなたは来てはくれなかったでしょう?」
 まるで捨てられる寸前の女のようなセリフだが、そんな意図をこめてマリリアードは言っ たわけでは無い。
「お前の呼び出しなら都合をつけたな。何しろ俺の”ただ一人”の友人だからな」
「オリビエ……そんなすねないで下さい。お詫びと言っては何ですが」
 マリリアードは墓へそなえていたはずの百合の花束をはい、とO2に差し出した。
「……、……何の冗談だ?」
 表情は変わらないものの当惑した雰囲気のO2にマリリアードは笑った。
「おわかりになりませんか?」
「……何がだ」



「ハッピーバースデー、オリビエ君



「……。……」
 O2らしくもなく、絶句した。

「今日はあなたの誕生日でしょう?お祝いをしないといけないと思いまして」
「……忘れていた。今日だったのか」
「あなたらしいですね、オリビエ」
「もしや、それであんなメールを寄越したのか?」
「そうですよ。バレてしまったら面白くないじゃありませんか」
 マリリアードは悪気なく、にこやかに言い切った。




 こんな二人でも『親友』と呼べる。
 また、こんな二人だからこそ、『親友』で居られるのかもしれない。