なめらかな その響き


「マリリアード」
「オリビエ」



 この名前を耳にしただけならば、それを有する本人たちはどんな典雅な姿をしているのだろうかと、金髪巻毛さえ思い浮かべる人間も居るかもしれない。
 確かに彼らの容姿は美しいの一言に尽きる。残念ながら想像された金髪巻毛は持っていないが、それを圧倒して余りある美貌・・一方は黒髪銀眼、片や一方は銀髪黒眼というまさに二人で一対、並んで立てばその至福に酔いしれて茫然自失間違いなし。
 だが、しかし。
 彼らの性格まで『優雅』であると思っては決してならない。
 一人は、敵でなければ・・いや、敵にさえも神の愛さえこれほどでは無いと言い切れるほどに慈愛に満ち溢れ、優しいが・・神は二つの顔を持つように決して優しいだけでなく、時には容赦ない。かつ、どんな苦難にも倒れることなく逞しい。
 もう一方は、明らかに『悪辣』で『辛辣』。敵にも味方にも容赦ない。山と積まれた死体の前でも、必要とあらば表情を一欠けらも変えることなく平然と食事をするだろう。殺される寸前でも皮肉を忘れず、笑ってみせる。
 そう、平和に生きたいならば、どちらも関わってはならない人種である。





 そんな彼らが一月ぶりに再会し、互いの名前を呼び合い向かい合った途端。
 バチバチバチッと間に閃光が走った。
 比喩などでは無く、肉眼で視認できる閃光が。

「先日は、私の邪魔をわざわざしていただきありがとうございました」
「こちらこそ余計なことに手を出されて、おかげでウチは休む暇なく働き通しだ」
「それはそれは。仕事中毒のあなたならばともかく、部下の皆さんにはとんだ災難というものでしょうに、心よりご同情申し上げます」
 ぬけぬけと言い放った顔には、うっとりしてしまう典雅な笑顔が浮んでいる。
 その笑顔を受けて、敵にも味方にも容赦ないと恐れられている男は、何故か心底嬉しそうに ・・・恐らく普段この男を見慣れている人間が見ればひきつけを起こしてぽっくり逝ってしまいかねないような、反応を示した。
 オリビエ・オスカーシュタイン、通称O2と呼ばれることのほうが多い情報部将校は敵対する相手はとことんまで容赦なく叩き潰す。手段も目的さえも選ばない。そんな男が、仕事を邪魔されあまつさえ憎まれ口を叩かれたというのに、不機嫌になるどころか上機嫌で喜んでいるのだ!
 周囲に人が居なくて幸いだった。居たならば、おそらく世界の終末を確信し、身も世も無く嘆き 自ら命を断っていたに違いない。
 しかし、この世の摩訶不思議なところは、誰しも『例外』というものを有していることだ。
 O2にとっては、まさしく目の前のマリリアードこそ唯一のその例外にあたった。

「気持ち悪いですよ、オリビエ。いつからあなたはマゾになりました?どちらかといわず、あなたは完全なるサドでしょう」
「ふ、俺はお前に対してだけはマゾなんだ」
 それまで笑顔を崩さなかったマリリアードが心底嫌そうな顔になった。
 この人の、こんな表情も滅多に見られるものでは無い。
 マリリアード・リリエンスール、女性名を持つ『彼』は今は無きラフェール人の王子様だ。彼の人柄の素晴らしさは銀河系全域に知れ渡っており、交渉の場には『彼ならばっ!』という指名の声が絶えないという。O2とは別の意味で、死の間際でも美しく艶やかに笑っているだろう。
 そんなどんな美辞麗句で修飾してもまだ足りないマリリアードの例外は、また目の前に座り、
不敵な笑顔を浮かべているオリビエだった。
 敵にも味方にも分け隔てなく優しいマリリアードが、O2を相手にするときだけ意地悪く容赦ない。口調も態度も扱いも、サドッ気いっぱいになる。

「・・・そうですか、わかりました。そこまで仰るならば、私もますますあなたには容赦なく冷たくしなければなりませんね、オリビエ?」
「ああ、望むところだ。お優しいラフェールの王子が誰かを虐めて愉しんでいるなど、俺にしか見ることは出来ないだろうからな。マリリアード」
「とんだ、悪趣味ですね」
「お前もな」

 言い合いながらも、彼等は寛ぎ酒を酌み交わす。
 
 オリビエ。
 マリリアード。

 今はもう他の誰も使うことのない、互いにしか呼びあうことの無い名前を繰り返しながら。
 一月ぶりの逢瀬を彼等なりに、愉しんでいる。

 極上の時間。