れっつくっきんぐ


 それは万が一、億が一にもありそうにない出来事だった。
 偶然に偶然が重なって・・・起こった恐ろしい出来事だった。










「……何故、お前しか居ない?」
 仕事を終えて帰ってきたO2を出迎えたのはいつもより一人少ない、我が子一人だけだった。
 肝心要の親友であり、従兄弟であり、オリビエがこの世で唯一『好きだ』と思える相手の存在が そこには無かった。
「あのね、マリリアードはおどろがおかしくなってかゆいからよんでった」
「…………」
 子供の言葉はO2には解読不能だった。
 最強最悪のテレパシストであるO2にとって、他人の言った内容が理解できないなどありえない。
 それがわからないのは、言った本人もわかっていないということだ。
 つまり、目の前の子供はマリリアードが言ったことを全く理解していない。
 O2は子供との意志疎通をあっさりと放棄した。無駄な努力はしない。
「だからね、おゆうしょくはパパにつくってもらいなさいっていってた」
「何故、俺がそんなことをせねばならん」
 O2は別に不器用で味音痴で料理の一つも出来ない、というわけではない。
 ただ、手間をかけずとも栄養さえ必要十分に取れるならば毎日携帯食料でも構わないとするO2に とって自分が望むのでもないのに、何故料理などしなければならないのか、ということなのだ。
 だが、その回答は目の前の子供があっさりと与えてくれた。
「マリリアードがいったから」
「…………」
 O2に反論の言葉は無かった。







 料理が趣味という、O2には全く理解できない趣味を持つマリリアードが支配するオスカーシュタイン宅の キッチンには豊富な調理器具と加工される前の食材が整然と置かれている。
 すでに料理ずみのものを買ってくればいいのに何故そんな手間をかけるのか、馬鹿馬鹿しいと嫌味を 言ったO2に、『では、今度からあなたのぶんだけそうしますよ。いいんですか、オリビエ?』と極上の 笑顔つきで言われたことは記憶に新しい。
 
「とりあえず」
 O2は冷蔵庫の中をのぞきこむ。
 料理などほとんどしたことのないO2に凝ったものなど作れるはずはないし、作る気も無い。
 出来るだけそれらしい原型をとどめている食材を使ったほうが良かろうと判断した。

 卵……焼けば食えるだろう。
 野菜……適当に斬れば良かろう。斬るのは得意だ。
 あとの食材は良くわからん……が、まぁ火を通せば大事無い。

 マリリアードがもし居れば悲鳴をあげそうなO2の料理はこうして開始した。








「……」
 ルシファーはテーブルに並べられた食事(?)を前にして、固まっていた。
 幼い子供にさえ”これは果たして食べてもいいものだろうか?”と恐れさせる食事とはいったい……。
 O2は相変わらず無表情でルシファーの向かいに座っている。
 二人の間に奇妙な緊張感が漂っていた。

「……食べろ」
「……パパこそ」

「「……。……」」
 しばし無言で見つめ……睨みあった父親と息子。
 やがて父親のほうが、ゆっくりと立ち上がった。
 そして、己と息子のプレートを持ってキッチンへと姿を消した。
 ”これは人間が食べるものでは無い”
 O2はそう判断を下したのだった。





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「もう、全くオドロときたら……おや、二人ともまだ起きていたんですか?」
 夜遅く、ようやく戻ってきたマリリアードはリビングのテーブルに座っている二人に首をかしげた。
「っマリリアード!」
 その姿に気づいたルシファーがマリリアードの駆け寄り、涙まじりに訴えた。
「おなかすいたっ!」
「え?」
 ルシファーにしがみつかれたままマリリアードはO2に視線をやった。

「……一応、努力はした」
 まさかO2の口から”努力”などという言葉が出てくるなど。
 少々呆気に取られたマリリアードだったが、すぐに口元を綻ばせると仕方がありませんねぇとルシファー の頭を撫でながらキッチンへ姿を消したのだった。