少将の悪戯


「私だ」
 通信の呼出音にマリリアードが出てみると、相変わらず不遜な男がでんと画面の中央に 偉そうに鎮座していた。
「何ですか?」
 大抵の人間はO2の人外の美貌にしばらく固まるものだが、外見にこだわりを持たない マリリアードには鬱陶しいと思ってもそれ以外の感傷を抱くことは無い。
「冷たいな。家族のために働いている私に労いの言葉は無いのか」
「根っから仕事中毒の人間が何を言っているんです。それともついにボケはじめましたか?見た目はともかく実年齢はもうヤバいんですから無理はダメですよ」
 辛辣な言葉に堪える様子もなく、画面のO2はくつくつと笑う。
 その様子がとても楽しそうだったので、マリリアードは嫌そうな顔になった。
 この男がこんなに楽しそうなのは、必ず何かある。
「……で、御用は?」
 聞いてやるのも忌々しいとは思わないでもないが、聞かなければ会話が終わらない。
「今からそちらに荷物が届く。楽しみにしていろ」
「―― 中身が何かとはあえて聞かないでおきます。どうせろくなものでは無いのでしょう」
「そうでも無いぞ」
 そう言って、O2はまたくつくつと笑い出す。
 感情表現が不器用な男にしては珍しく、楽しそうな表情を隠さない。それほどのものがこれから 届く荷物の中にはあるのか……マリリアードは楽しそうなO2とは反対に憂鬱になった。
「ではな」
「オリビエ!」
 ぷつり、と一方的に切れてしまった回線は、それ以上反応することは無かった。





 その30分後。
 O2の告げたとおり、業者がかなり大きな荷物を持って現れた。
 ここまで来るにはかなり厳しいセキュリティーを通過しなければならず、最後の難関である マリリアードに、業者はしばらく固まっていた。
 O2と同様、その美貌には人を圧倒し、夢うつつにさせるものがある。
 玄関でマリリアードを目にしたまま固まっている業者に、いっそことそのままにしておいてやろうか とも思ったが、彼等には何の罪も無い。
 
「し……失礼いたします」
 緊張と歓喜で、声を裏返しつつ業者は数名で荷物を運びこみ、その作業を見守っているマリリアード に――――・・・


「どちらへセッティング致しましょう、オスカーシュタイン夫人
「……」
 彼に悪気は無い。悪気は無いのだ……が、それで更にマリリアードの気分が下降したのは間違い 無いところであった。
 それでもマリリアードは、見惚れんばかりに極上の笑顔を浮かべつつO2の私室に案内した。
 何をセッティングするのかは知らないが、この際彼の部屋以外に選択肢は無かった。


 そして、出来上がったものを見て、マリリアードは改めてO2の正気を疑うことになった。









「パパ、お帰りなさいっ!」
「ただいま、ルーシー」
 帰宅したO2を出迎えた息子に、父親らしい挨拶をしたオリビエは、その背後に不穏な空気を 漂わせて立っているマリリアードに視線を移す。
「よくも、のこにこ帰ってこられましたね。あれはいったい何のつもりです?」
「見て判らないか?」
「判りすぎるほど、判りますが……その意図は何です?」
「意図も何も、アレは飾って眺めるものだろう」
 あくまで本音を語らないO2に、マリリアードは溜息をつきO2とルシファーと共に『アレ』がセッティング されたO2の部屋へと足を踏み入れた。

「ほぉ、なかなか立派なものじゃないか」
「あなたに限って間違いは無いと思いますが、ルーシーの性別をきちんとわかってますか?」
「お前と違って、オドロにもきちんと男だと識別されているな」
「なら、買ってくる品を間違えてませんか?」
 マリリアードは、アレ……雛飾りを指差した。

「間違ってはいない。アレはルーシーに買ってきたわけでは無い。お前にだ

 痛いほどの沈黙が落ちる。
 1週間ぶりに父親に会えてウキウキしていたはずのルシファーも母親のかもし出す空気に 今は騒いではならずと神妙に成り行きを見守っている。
「それはそれは、ありがとうございます―――とでも感謝すればよろしいのでしょうか?」
 笑って言っているわりに、声は限りなく低い。
「ああ、好きなだけしてくれて構わないぞ」





 ぶちぃっ。





 ルシファーは、今、確実に母親の何かがキレたと、そう確信した。

「そうでうすか……では、好きなだけ楽しませて戴くことにしましょう」
 極上の笑顔だった。
 日頃見慣れているはずの、ルシファーとO2さえも魅了する……神の如く慈悲深く、そして悪魔も諸手を 挙げて逃げ出すほどに凶悪な ―――― ……。










 休み明け。
 情報部に顔を出したO2は、出会う部下全てをことごとく凍りつかせることになる。





 ――――― O2の顔には、大きな手形がついていた。