夫婦のい・と・な・み
「……殺(や)るか」
絶世の美女、F.Mゼロのどこまでも本気な一言が部屋の壁に跳ねた。
絶世の美女、フリーダ。実際のところはマリリアード王子の女性体である彼女は外見的にはどこまでも
女性でしかも絶賛賞賛の言葉で覆い尽くしても足りないほどの美女であったが、彼女の精神は完璧に
男性だった。体は女でも心は男。
そんなフリーダが妊娠出産、まさに悪夢だったが……それでも子供に罪は無いし、我が子を愛してもいた。
だが、しかし!だからと言って相手の男を許せるものでは無い。
例えどうしよーもなく仕方の無い状況下で行われたことだとは言えども!
もちろん『堕ろせ』と平然と言ってのけた男にはそれ相応の報いを受けてもらった。
もう絶対に誰が二度と、あんな奴に会うものかっ!!と誓って出産などという狂気の沙汰に立ち向かう
べく機械に自身の体をぶちこんだのは、僅か3年ほど前のこと。
それがいったいどうして、どんな神の悪戯か……いやいや、悪魔の恩寵か半殺しの目のあわせた元凶の
張本人と”一家団欒仲良し家族”などを演じなければならないのかっ!!!
「ええ、ええ。そうでしょうとも、オリビエを見捨てられなかった私が悪いんですとも!」
ふつふつと滾る怒りに耐えながら、それでもマリリアードは最愛の息子の願いを叶えるために憎っき
あの男……O2と共に家族生活を送ることをよしとしたのだ。
しかし。だがしかしっ!
いくら寛大なマリリアードといえど、O2と暮らすにあたりいくつかの条件をあげた。
それを全て了承させた、そのはずだったのに。
『……何故、寝室が一つしか無いんです?』
お互いの精神の安寧のためにも寝室は少なくとも二つ、出来ればルーシーのものもあわせて三つと
言っていたはず。それが何故一つ。確かに部屋は広い。三人がてんでばらばらに寝返りを打って
ごろごろと転がろうとぶつかることなど無さそうに広い。だが、それでも部屋は一つだ。
『仕方が無かろう?一つしか無いんだからな』
飄々と言ってのけたO2に、マリリアードの頭のどこかでぷつんっと何かがキレる音がした。
マリリアードは知っていたのだ。
この部屋には確かに寝室は三つあった。それが一つしか無くなっているのはO2が業者に頼んで
壁をぶち抜き一つの部屋にしてしまったからに他なら無いことを!
(……今日、一夜だけは我慢しましょう)
父親と一緒に暮らすことが出来ると喜んだ息子のために、そう己に言い聞かせてルーシーを間に
挟んで親子三人”川”の字で眠りについた。この時点でもう人類に対する挑戦としか思えない、O2を
上司とする部下には発狂しかねない事態ではあったのだが。マリリアードは我慢した。
O2も普通に寝るだけで何も仕掛けてはこなかった。
だが、言い切ってもいい。あの男がこのまま何もせずに済ませるわけが無いのだ。
人を苛めることを人生最大の喜びにしているあの男が!!!
ドスッ!
寝室の壁がマリリアードの拳を受けて震える。罅の一筋さえ入っていないのはさすがに強化された
壁だけある……そんなことに感心しても仕方ない。
「さぁ、どうしてやりましょうかね・・・・」
ふっふっふっ……と不気味な笑いを漏らしながら情報部部長、O2の帰りを待ちわびる(?)。
キレたマリリアードは人類最大の殺戮兵器であったO2でさえ危うい、まさにリーサルウェポン。
ルシファード=オスカーシュタイン。僅か3歳の幼児は母親の静かに怒る姿に絶対に何があろうとも
彼女だけは怒らせてはならないのだと、深く幼心に誓ったのだった。