約束


 厚顔無恥の陰険爺、銀河一の鬼畜で人でなし。

 『将を射んとすればまず馬を射よ。』

 その言葉通り、”いい”『父親』っぷりを演じて、まんまと我が子を騙し、将を射た父親。
 彼の名は、オリビエ・オスカーシュタイン。
 今をときめくどころか、昔から世間を騒がせまくりの迷惑男である。
 そして、彼が射たのはフリーダム・ゼロ。
 男顔まけの強さに、絶対的な美貌を有する彼……いや、彼女。
 その正体は、O2の親友であったラフェール王子の女性形クローン。
 
 今、二人は一つのビジョンを前にして最後の闘争……いや、話し合い……睨みあいをしていた。


「何を考えている?」
「いえ、これにサインすると確実に後悔する気がするものですから」
 ビジョンに映し出されているのは、”婚姻届”の映像だ。
 サインすれば、システムで自動的に処理され、問題がなければ即座に婚姻が成立する。
「諦めが悪いな……マリリアード?」
「フリーダです。もうどちらでもいいですが……あなたがこれほど形式に拘る人間だとは思っても 見ませんでしたが」
「拘りもする。薄情なお前はいつもあっさり、俺を置いていく」
 笑いながら言うくせに、どこか嘆願めいた響きをのせる。
「あなたは私を女性として愛しているわけではないでしょうに」
「いや、好きだぞ。フリーダとしてのお前も好きだし、友人としても愛している」
 どの口がほざくのか、とマリリアードの目に危険な光がともる。
 だが、O2はまるで堪えた様子もなく、署名欄に自分のサインをしていく。
 ためらいは全く無い。
「本気なんですね?」
「冗談ならば、とうに偽造している」
「偉そうに言わないで下さい」
 一応本人の意思を尊重していると言いたいらしいが、尊重するも何も二つの……いや、一つの選択肢 しか用意していないくせに、尊重も何もあったものではない。
 マリリアードは吐息をついた。
 
「約束はきちんと守って下さいね?」
「せいぜい励むとしよう」
「……」
 やはり何か不安な気がして沈黙するマリリアード。
 そのマリリアードにO2は手品師のように手の上に箱を出現させると、それを目の前に差し出した。
「何です?」
「ほんの気休めだが……約束のしるしだ」
 開けてみろと促され、箱を開いたマリリアードは一瞬、息を呑み、その様子にO2は笑った。
「これは……このオリジナルはすでに販売されていなかったはずですが」
 これを作っていた会社はすでに無い。
 だが、あまりに社会の慣習に浸透していたため、復刻版として別会社が販売していたはず。
「手に入れるには苦労をした」
 情報部の親玉がそう言うからには、本当に大変だったのだろう。
「まさか、この私がこれを戴く日が来るとは……複雑です」
 中身を見ながら、マリリアードは麗しい美貌の眉間に皺を寄せた。
「マリリアード」
「……」
 もう一度、マリリアードはほっと息を吐いた。
「……仕方ありませんね」
 多少の打算も含めつつではあるが、マリリアードは初めて微笑を浮かべた。
 そして、ビジョンのO2の隣の欄に、己の名前を署名したのだった。



 O2がマリリアードに贈ったもの。



 『エルファルーラ』