青い空の下。
風にひるがえる真っ黒な布。
何故か自分にはその人の布が一番カッコよく見えた。
「シャンクスっ!それくれ!」
「はぁ?」
いつものように足元にまとわりつく子供のいきなりなおねだりにいったい何のことだとボトルを持つ手をそのままにシャンクスは首を傾げた。
「これだ、マントっ!」
「……ああ。やらねぇ」
納得した後にすぐ、容赦なく拒否するあたり赤髪の人物の食えない人柄を思わせる。
「ダメだ!くれ!」
「やだね、やらねぇよ!これは俺のだ」
「いやだ!くれっ!」
ルフィはシャンクスの黒マントを掴むとぎゅっと引っ張った。
「放せ、ガキ!」
「くれるって言うまで放さねぇっ!」
頑固者同士、どちらも引かぬままマントを掴んでにらみ合う。
一回り以上年下のルフィに本気で対抗するシャンクスもシャンクスだが、ルフィもそれなりに名の知れた海賊であるシャンクスに睨まれても我を通そうとするあたりいい度胸をしている。
まぁ、いつものごとくのやりとりなのでマキノの食堂で繰り広げられるそれに仲間たちは見て見ぬふりどころか結構楽しんでいる。
「今日もお頭が勝つに100ベリーだ!」
「いやいや、何度目かの正直でルフィに200ベリー!」
食堂の一角が一時的な賭場と化す。
「マントが欲しけりゃ、そのへんのカーテンでもひっかけてろ。だいたいお前みたいなチビじゃ引きずって破るのがオチだろうけどな」
言って、はっはっはっと大口を開けて笑うシャンクス。
「チビじゃねぇっ!」
「「「「いや、チビだろ」」」」
おどけたように仲間たちが突っ込みを入れた。
それにムキーッ!と目を吊り上げたルフィをまぁまぁとなだめたのはどこまでも面倒見がいいと評判の副船長だった。
「ルフィ、そんなにマントが欲しいなら船倉に小さめのやつがあっただろうからやるよ。サイズが悪くてさばけなかったやつだからな」
「こんなガキ、放っとけ。ベン」
口ではルフィをからかうようなことを言いつつシャンクスのベックマンを見る目は鋭い。
シャンクスがこの子供に入れあげているのは仲間内ではもう公然たる秘密だ。
その視線の意味を正確に受け取りつつ、副船長は苦笑で誤魔化しルフィの頭を撫でた。
「ダメっ!俺はシャンクスのじゃなきゃ嫌だ!」
だがルフィのほうがベックマンの申し出をあっさりと袖にする。
「何でだ?」
お世辞にも”綺麗”や”豪華”なんて修飾語はつきそうにもないただの黒い布。
しかも裾のあたりは戦闘でほつれたり、焦げ痕がついたりしている。
「シャンクスのが一番カッコイイからだ!」
当然なことだ、と腕を組み大きく頷く小さな子供にシャンクスの顔が一瞬ほころんだ。
ルフィだけに向けられるその顔は穏やかで優しく、甘く、今にも蕩けそうだった。
そのシャンクスの顔に仲間たちはついにルフィが勝つときが来たか、と札を投げ出す者多数。何しろ今回の賭場のシャンクスVSルフィのオッズは9:1。
ルフィに賭けていたものはかなりの大穴狙いだった。
「ふーん、俺のがカッコイイか?」
「うんっ!カッコイイ!」
それはつまり、シャンクスのことが”カッコイイ”と言っているのと同じことだと果たして
ルフィはわかっているのか……いないだろう。
「そうか、俺のがね~……」
「ん、だからくれ!」
言い張る小さな子供をシャンクスは抱き上げ、膝の上に乗せる。
「そうだな……お前がもうちっと身長が伸びて引きずらなくなったら……やってもいいぜ?」
「ホントかっ!?」
「ああ。いるか?」
「いるっ!」
いったいそれが何年後の話になるのか、ルフィはもらえるかもしれないということが嬉しくて考えもしない。
「じゃぁ、予約だ」
「おう!よやくだっ!」
腕の中で自分の言葉を繰り返すルフィにシャンクスは上機嫌だった。
賭けは引き分けということで、全額払い戻し。
やってられねぇとばかりにあてられた一同は飲みなおしだ!とまた騒ぎ出すのだった。