最強無敵シルバー

気づいたら天敵です


 最強無敵の名を欲しいままにする日本ではあったが、それを誇示することは少ない。
 どの国に対しても微笑みを浮かべて対し、柔らかな印象を残す。そのせいか若い国々からは人格者として非常に慕われている日本である。
 しかし日本に近しい歴史を歩んできた国々は知ってる。日本がただ穏やかな国では無いことを。
 それでも、日本は己に危害を加えられない限り滅多なことで怒ったりはしないし、分け隔てなく平等だ。
 そんな日本に、顔を見るなり嫌な顔をされる国もある。


「こんにちは、本田君」
「何の用ですか?」
 いつもの笑顔の片鱗も無く、日本は声を掛けてきた相手に挨拶も返さなかった。
 ここにまだ第三国でも居れば、まだ別だったのだろうが。
「君に会いに来た、ていうのは?」
「入国を許可した覚えはありません」
「入っても良い?」
「相変わらず人の話を聞きませんね。          イヴァンさん」
 日本に名を呼ばれた相手・・・ロシアは真意を悟らせない笑顔を浮かべた。
「だって、お伺いをたててたらいつまで経っても君、無視するでしょ?」
「前向きな方向で検討致しますよ」
 それはつまりロシアの言う通り、無視するということだ。
「どうしてそんなに僕には冷たいのかな?」
「わからない、とは言わせませんが」
 あくまで日本はロシアを家に入れる気は無いのか、玄関先で応対する。
「わからない、               とは言わないねぇ」
 初夏という季節というのに、未だマフラーを首に巻いたままのロシアの傍に居ると何故か冷気を感じる。
 国土の大半を凍てつく大地に覆われたロシアには、どこに居ても底知れぬ寒さが纏わり付いている。それは世界のどの国も持つことの無い、ロシアだけの特徴だ。
 その『寒さ』は傍に居ると、容赦なく他国を巻き込んでいく。
 日本はこの相手が嫌いだった。滅んでしまえば良いとさえ思っているが、この大国が倒れれば世界は混乱の渦に巻き込まれることになる。落ち着いている今の世界を悪戯に混乱させる必要は無い。
 日本自身でもここまで嫌い抜ける相手が居るというのが不思議でならない。
 それだけのことをこの相手がしている、ということでもあるが。

「最強の名を欲しいままにする君を、僕のものにしたらとっても気持ち良いだろうね」

 日本の頭上から、白い手袋に包まれた大きな手が伸ばされる。
 すっとその手を避けながら、一歩背後に下がる。
「私に触れないで下さい」
「君の全てを知っているのに?」
「貴方は何も知りません」
「肌の匂いも感触も、唇の柔らかさも・・・・その血の芳しさも」
 僕は、知っている・・・ロシアが日本の耳元で囁く。
 日本は・・・口角を上げた。笑ったのだ。
「自惚れないで下さい。それを知っているのが、貴方一人だとでも?」
「・・・・」
 至近距離で日本とロシアは見つめあう。
「私の体に大した価値などありはしません」
「そう思っているのは、君一人だと思うよ」
 ぐっと腕をロシアに腕を掴まれた日本は、容赦ないその力にさすがに眉をしかめた。
「ロシアになっちゃいなよ」
「お断りします。腕を放して下さい。国中を永久凍土に変えますよ」
「それは困るなぁ」
 全く困った風でもなく、それでもロシアは日本から手を放した。
「御用はお済ですか?ではお帰り下さい」
 とっとと。
 ロシアに対してだけは日本はなし崩し的に家に上げようとは思わない。
 少しの油断でも見せようものならば、この国は容赦なく日本を喰いつくそうとするだろう。
 どうしても退かないというのならば、こちらも強硬手段をとるまでだ。幸いにもここは日本国内。相手は不法侵入。多少やりすぎたとしても分はこちらにある。

「また来るね」
「ごきげんよう」

 その姿が視界から消えて、存在を確認できなくなるまで日本はその場から動かない。
 
「塩、撒いておきましょう」
 緊張が解れた息を吐き、日本はぽつりと落とした。