最強無敵シルバー
もう若くないんですよ?
日本は平和主義者である。
自分から戦争を起こそうなんて夢にも思わないし(だって面倒臭い)、他国の戦争にも関わろうとも思わない(後がやはり面倒臭い)。
だが、戦争が嫌いだからと言って弱いわけでは無い。そんなことでは最強無敵とは呼ばれない。
日本が仲裁を決意したのは、国際的立場がどうとか人道的にどうとか一切関係ない。両国の資源にも興味は無い。他国の資源に頼らなくとも自国のみでやっていける科学力がある。出来れば知らぬ存ぜぬと第三者として傍観していたかった。日本の腰は相当に重い。そんな腰を上げさせる切欠となったのは・・・
「は?『ぷかぷか浮かんでみたかった』…?」
呆然としてフランスに呟かれ、日本は是と頷いた。
「はい。一度体験してみたかったんです」
「……体験…」
「どのくらいの浮力が得られるものなのか、実際に体験してデータをとっておいて後で使えないかなぁ、と」
何に使うのかは、同じ趣向を持つ者として愚問というものだろう。
「そのためだけに、仲裁したの?」
だけ、という部分を強調してフランスは繰り返した。
「そうですよ」
それが何か?と逆に問い返される。
「いやだってあそこってもう何というか骨肉の争いというか全てが紛争の種になるというか…平和なんて夢のまた夢みたいなところだったじゃん」
存在すること自体が紛争の種、しかし人が在る限りその国を滅ぼすわけにもいかない。
そんなジレンマでどこの国も匙を投げていたのだ。
「だから紛争のもとを無くしてみました。だいたい…元を正せば西欧の方が原因というのに何故私が…もう若く無いんですから年寄りは労わって下さい」
とんとんと腰を叩く仕草は確かに年寄りじみてはいるが、日本の外見はフランスより確実に若い。
知らなければまだ存在の若い国だと勘違いされることは間違いない。
もっとも日本の存在を知らない国など、そちらのほうこそ国として問題ありだが。
「紛争の原因は宗教にまつわる聖地の存在ですよね。だから住民を避難させた後、地殻変動を起こして聖なる山も聖なる地もただの平地にしました。緑化処置もしましたし、農業に役立てていただければ幸いです」
「………」
どれだけ力技なんだ。
そして日本は大したことでも無い顔をしている。実際、日本にとってその程度のことなのだろう。
恐るべし、日本の科学力。
フランスは絶対に彼を怒らせまい、と心に誓った(いったい何度目か知らないが…)。
「…それで、浮いてみたの?」
「それが原稿が忙しくて…こうしてフランシスさんに手伝っていただいているわけです」
目の下に隈を作り、徹夜三日目の日本は口を動かしながら必死でペンを動かしている。
「でもそれもあと少しで終わりそうです。フランシスさんのおかげですね、ありがとうございます」
「お礼なら熱いベーゼで」
「ブドウ畑潰しますよ」
「スミマセン」
日本は本気で実行する。
「それじゃこれが終わったら、浮きに行くの?」
「そうですねぇ…」
基本が引篭もりの日本は面倒臭くなってきているのだろう。
「行こうぜ。お兄さんがお供してあげるから」
「フランシスさんが?」
「バカンス真っ最中だしね」
「ああ…それで日本にいらしていたんですか。せっかくのお休みを申し訳ありません」
「いいっていいって!俺が好きでやってんだからさ」
毎年この時期には日本が原稿をしていることはフランシスにはわかっている。当然のこと訪問すれば原稿に借り出されるだろうことも。
しかし、この時期には日本の邪魔をして怒りに触れるのを恐れ各国は近寄らないのだ。フランスにとって貴重な日本を独り占めできる期間だ。うまくいけば引き篭もりがちな日本を外に連れ出せる。
「美味しいものもいっぱい奢っちゃうからさ」
美味しいものに目が無い日本が、ぴくりと反応する。こういうところは本当にわかりやすい。
しかし、だいたいは何を考えているやらさっぱりわからないのが日本だ。
「わかりました。フランシスさんがそこまで仰って下さるなら検討してみます。でもまずはこの原稿を終わらせなければ・・・ラストスパート頑張りますっ!!」
「・・・・・・」
腕まくりして鬼気迫る日本の様子にフランスは頬を引きつらせる。
日本の口癖『もう若く無いんですよ』、なんてただの口実だ。どこが年寄りなのだろう。
早々に体力の限界を訴えるフランスだった。