最強無敵シルバー

お釈迦様の手の上


「あなた・・・実は結構腹黒いですよね」
 日本の台詞に、相手はにやりと性質の悪い笑みを返した。







 現在の状態は絶対絶命と言っていいだろう。
 両手を拘束されてベッドに押し付けられている。上に圧し掛かる相手は体重をしっかりと掛けて油断を見せない。足も封じられている。完璧だ。
 いったいいつの間に憶えたのだろうか。

「退けていただけますか?」
「この体勢で?冗談きついな、菊ちゃん♪」
 いつものようににこやかに笑うその目の奥が真剣だ。
「あなたらしくありませんよ。フランシスさん」
「え、そうかなぁ?据え膳は喜んでいただく派だよ」
「据えてません。このような無体はあなたの主義に反するでしょう」
「嫌だな。さっき菊ちゃんが言ったじゃん。俺・・・実は結構腹黒なんだよ」
 ここまで来るの長かったな~と口調はいつものように呑気であるが力は全く抜けない。
 自国であれば大声でも何でも異変を察知して防御システムが稼動するが、生憎とここは仏領。
 日本の油断を誘い、長期の計画での企みであることは間違い無い。
「・・・私の文化に興味を持っていた様子はポーズでしたか」
「ノンノン。それは本当。菊ちゃんとこのマンガとかアニメとか、すげ好きよ?」
 まぁ、興味の欠片も抱かずに日本と同等のレベルでオタク談義に花は咲かせられないだろう。
 菊は小さく溜息をついた。
「今、フランシスさんのところは領土も落ち着いていらっしゃいますし、他国のように目立った問題は無かったように思いますが?」
「いやいや、内部に結構抱えてますよ。周りは相変わらず手ぇかかる奴らばっかりだしね」
 地殻変動でも起こらない限り腐れ縁は続くだろう。
「だからここは一つ、菊ちゃんと同盟なんて結びたいなって思ったわけです。お兄さんは」
 現在日本は同盟を持ちかけられても全て断っている。
 理由は簡単。同盟など組む必要が無いからだ。
「それでは私がその手のお誘いを全てお断りしていることはご存知でらっしゃいますよね?」
「もちろん。だから強行突破ということで」
「私は確かに国の化身ではありますが、私を手に入れたからといって日本が手に入る訳では在りませんよ」
「それはどうかな。今の日本が在るのは菊ちゃんがあってこそだと俺は思うんだけど」
「我が国民の努力の賜物です。私はただの添え物。象徴にしか過ぎません」
 フランスの笑みがますます深くなる。
「いいね。日本特有の『謙虚』・・・凄くそそる」
 どうやら逆効果だったらしい。
 まぁ、フランスならば何をしても煽られてくれるのだろうが。
 フランスは捕獲した獲物の息の根を止める肉食獣のように、日本の喉元に強く吸い付いてくる。

「駄目ですよ。フランシスさん・・・」
「日本。君の声は俺を誘うようにしか聞こえない・・・」
「後悔するのは貴方ですよ」
 フランスの柔らかな金髪が日本の頬に落ちてくる。
 至近距離で見詰め合ったまま、互いに何も話さない。
「ジャンヌが怒りますよ」
「・・・それは卑怯だよ。菊ちゃん」
「ええ。使えるものは何だって使いますよ」
 くすり、と日本は笑う。
「先ほどの言葉、訂正します。貴方は腹黒になろうとしてなれない・・・アルルカン(道化師)
 日本の手が、いつの間にかフランスの拘束を解いてその頬に伸びる。
「寂しければ仰いな。慰めてさしあげます」
「・・・簡単に慰めてはくれないのに?」
「貴方も素直に寂しいとは仰らない」
 意地っ張りだ。
 フランスの唇が日本の頬に触れる。

「今回は貴方の努力に免じて、これ以上は苛めないで差し上げます」
「・・・メルシー」

 

 生ある者は置いていく。
 常にそれを何年も何百年も見送って、それでも慣れることは無い。