最強無敵シルバー

今日も世界は平和です


 鹿威しの音が響く中、彼は静かにお茶を飲んでいた。
 木漏れ日が水面に反射している。
 ゆるやかな時の流れる昼下がり。

 ・・・そんな光景を想像して現実逃避を計ってしまうほど会議は膠着したまま前へ進もうとしなかった。

 各国が集まる広い会議室の上座には、肘掛のある白い皮製の椅子が一つ置かれている。
 そこに座ることを許されているのは、最強無敵と呼ばれている彼だけだ。
 最初の頃こそ各国の発言に耳を傾けていた彼だが、くだらない意地の張り合いと子供のような言い分にいつしか意識を半分飛ばしてしまった。考えているのは、早く終われという思いと、帰ったら引き篭もって二次元にふけろうという決意だった。
 ・・・まぁ、互いの利権を必死でもぎ取ろうとしている様子は可愛いと言えなくもありませんが。
 少々鬱陶しくはあるが、彼らより遥かに年を重ねている彼は孫を見る気分に等しい。

「菊!菊は僕の意見に賛成だよね!」
「何言ってんだ!アル!もっと考えて発言しろっ!お前の意見に賛成するぐらいな・・・っ」
「はいはい黙って、お前のところじゃもっと駄目だろ。ね、菊ちゃん。うちなら・・・」
 てんでに意見を求められ、彼ははてと首を傾げる。いったい何の話だっただろうか。
「相変わらず人の話を聞いてないあるな!」
「耀さんには言われたくありませんよ」
 自分以上に長い時を生きている国は僅かだ。その貴重な一人が中国だった。
「日本が次にどこの国を訪問するかっていう話だよ~」
 フェリシアーノがにこやかに教えてくれた。平和そうだ。
 どうやら各国への訪問が一周してしまったので、次にどこへ日本が行くのかという話らしい。
 日本自身の気持ちとしては自分の国に閉じこもってどこにも行きたくない、というのが本当のところだが…放っておくと本当にそうなるだろう自分自身が簡単に想像できたために、月に一度は他国を訪問するというのが日本が自分で決めたルールだった。
「私はどこでも構い・・・」
「だったらやっぱり僕のところだよっ!」
「お、俺のところに招いてやってもいい・・・っ」
「美味しい料理ご馳走しちゃうよ♪」
「ヴェー、新作のジェラートが出来たんだよぉ、食べにおいでよ~」
「僕のところに来ないと呪うよ」
 てんでに好きなことを言い出したのに、日本はやはり引き篭もろうかと思う。
 最強国家の名を欲しいままにしている日本にとって、他国と交流しなくとも痛くも痒くも無い。
 ただやはり同じ存在として、彼らに会えなくなるのは寂しいと思うのだ。
 ふと、日本は冷めた眼差しで彼らを睥睨する。

 彼らは知らない間に存在し、知らない間に消えていく。
 気づけば日本の前から失われていく。
 他人のことなどどうでも良いと思っていたはずなのに、それが耐えがたく嫌だと思ったのはいつだったか。

 日本が各国を訪問するのは、己自身の為という建前の他にもう一つ。彼らが互いに争って、互いを滅ぼすことが無いように見張っているのだ。
 消えるのが嫌だ。気に入らないというのなら。気に入るようにすれば良い。
 戦争など、最強日本を敵に回すと思えばあっさりやめてくれる。
 今や世界は概ね平和だった。

「お前、その物騒な気配はやめるある」
「何のことですか?」
「自覚しない子供は困るある」
「年寄りは僻みっぽくていけませんね」
「可愛くないあるっ!」
「おかげさまで」
 ふんっと顔を背けた中国に閃いた。


「皆さん、ここは公平にいこうと思います」


 日本の笑顔に世界は沈黙した。
「ゲーム世界大会を実施して、点数の高い国から訪問させていただこうと思います。それでは、決まりましたら教えてください。私は自分の国で報告を待っております。それでは」
 反論など聞く暇も無く、さっさと日本は会議室を出て行く。


(ああ、これでしばらく二次元に引き篭もれますね・・・)


 今日も世界は平和だった。