王子様 【シーフォート/パロディ】


 銀河帝国。
 誉れある、銀河系最大の統治領域を誇るその国には18を数える皇子が居た。
 母・・妃を早くに亡くし、父王は王子を次代の王として厳しい教育を施した。
 王子と言っても特別扱いせず、軍の士官学校に入学させ、卒業後は士官として宇宙船勤務も命じた。
 そのためか、少々……いや、それどころでなく融通のきかない性格に育った王子は、けれど何事にも公平で、不器用な優しさも持ち合わせていた。
 その王子の名は、ニコラス・ユーイングーシーフォート、親しい人間は”ニック”と呼んだ。














「ミスター・シーフォート!」
 一度目の航天が波乱ぶくみながら終了し、国へと帰還していた王子は休日を満喫するためにお忍びで
 街へ降りていた。そこをいきなり呼びかけられて、慌てたように周囲を見渡す。
「……アレクセイ」
 航天で一緒だった部下・・・友人でもあるアレクセイ・タマロフが底抜けの笑顔で駆け寄ってくる。
 だが、とても素直に喜べないよう王子だった。何故なら宇宙船の中ならばともかくここはゴシップ記者のうようよしている地上であり、王子はトップニュースにも流されかねないほどの有名人である。
 あまり顔を知られていないため本人だと気づかれるのは稀だが、さすがに名を呼ばれればばれる。
「サー!お久しぶりです!」
 だが、声をかけてくれるのは嬉しい、嬉しいのだが、複雑な心境の王子はああ、とかううとかおざなりな挨拶しかかえせない。そうしているうちに、目の前の青年の顔がだんだんと生気を失っていく。
「あ、すみません!サー……たまの休日だというのに、お邪魔をして、失礼します・・」
「……アレクセイ!」
 立ち去ろうとする友人を王子は慌てて引きとめた。
「待ってくれ!別に、その、邪魔だというわけじゃない……そう。たまの休日だ、プライベートな時間くらいミスターでは無く、ニックと呼んでくれ。私たちは……友人だろう?」
 たちまちアレクセイは笑顔を取り戻した。
「はいっ殿下!いえ!ニック!光栄ですっ!」
「そうだ、どこかカフェに入ろう。立ち話も何だ……あ、その君がよければ」
「はい、もちろん!」
 抱きつきかねないほど喜んでいるらしいアレクセイに、王子は自分などと話して何が嬉しいのか全く理解できないと、不思議そうに見つめていた。



「そんな!当然ですよ!本当は僕なんか、お声をかけていただくことも無い人間なんですから!あなたはそれほど尊い方なんですっ!」
 抱いた疑問をアレクセイに告げた王子はそう、言い返された。
「そんなことはない。私は王子という肩書きが無ければ、どこにでもいるただの青年だ」
「殿・・いえ、ニック!とんでもない!あなたは自分の価値をよくわかっていないんです!あなたほど素晴らしい人は居ませんっ!反乱も治められ、金魚も撃退された!その上、愚図でノロマな僕を助けてくれました!」
 必死のアレクセイの抗弁に、だが王子は首を横に振った。
「たまたまだ。私が偶然、君より階級が上で手を出せる立場にいたからで、他の誰かならばもっと早く適切に君を助けることができただろう。それに君は私などよりずっと優秀だ」
「それでも僕を実際に助けてくれたのは、他の誰でもないあなたです!それに他の誰もヴァクスからあれほどの忠誠を得ることは出来なかったはずですっ!」
「……。……」
 そう、今の王子の一番の悩みの種が”それ”だ。

 今、話題に出てきたヴァクス・ホルサーという男も、前回の航天で王子と一緒の任務についていた。ただしアレクセイとは違い、彼は当初、王子であるニックに反発し、事あるごとにぶつかりあっていた。
 ……はずなのだが、航天が終わる頃。とある事件により艦長になっていた王子の面前で、彼は膝をつき、何を血迷ったか、騎士の誓いをたてた。いきなりの事態に状況をよく把握できていなかった王子は怪我のせいもあり、反射的にそれに頷いてしまった・・・何て馬鹿なことをしたのだと、王子はそのときの自分を未だにののしっている。

「ところで、ヴァクスは……?」
 アレクセイの問いに、王子は嫌そうな顔になり、
「……巻いた」
「巻いたっ!?」
「そうだ。私は乳母が必要な幼い子供ではない。いちいち四六時中ついて回ってもらわなくても自分のことは自分でできるっ!」
「それはそうでしょうが……」
 ヴァクスの気持ちもわからないでもないアレクセイは苦笑いしそうになるのを必死に押しとどめた。
 確執のあった相手ではあるが、今は互いに王子のことを大切に思う同士である。同情を禁じえない。
 王子は無自覚にトラブルメーカーで、周囲の人間はそのたびに振り回されている。
「でも、ヴァクスのことは……認められたのでしょう?」
「仕方が無い。どんな理由があろうと、神の御名によって誓われた言葉を無かったことには出来ない」
 王子は憮然として言う。
 目の前にある珈琲をスプーンでぐるぐるかき混ぜるなどというあまり上品でない仕草をしているあたり、王子も悩んでいるのだろうが……。
「えーと、僕がこんなことを言うのは筋違いだとは思うんですが、ヴァクスは、彼は騎士としては新米で何をしていいかわからず、王子の乳母のような真似をしているんだと思います。きっとこれから慣れてくれば、そんなことは無くなると思いますよ」
「そうだろうか?」
「そうですよ」
 本当は全く反対だろう、と思いつつもこれ以上、王子の難しい顔を見ていたくないアレクセイは笑顔で
 太鼓判を押してみせた。それにつられて、王子の顔も僅かにゆるむ。
「君は、いい奴だな、アレクセイ」
「ありがとうございます、他の誰に言われるより嬉しいです!ところで、ニック」
「ん?」
「もしよろしければ、これから映画でもいかがですか?」
「映画か……」
「お嫌いですか?」
「いや、私はあまり見たことがない……そうだな、楽しいだろうか?」
「ええ、もちろん!」
「そうか、では行こうか」
「はい、行きましょう!」
 王子の時間を独り占めできるとあってアレクセイは上機嫌になった。
 しかし、それも10秒後、巻かれたはずのヴァクスが現れるまで、の束の間の幸せなのだが……。