宇宙軍士官たちの休暇 2
~アレクセイの場合~
僕はアレクセイ・タマロフ。
艱難辛苦を乗り越え、彼によって今現在の地位は国連宇宙軍宙尉である。
初めて乗った艦において彼と一緒であったことは僕の人生において最も幸運なことだった。
それゆえに彼にとっての『特別』となることが出来たからだ。
しかしその特別が自分一人でないことは不運というしかないが……。
「サー、よろしいですか?」
「何だ、アレクセイ?」
やっと彼のまわりに人がいなくなった頃を見計らい声をかけることが出来た。
ついでに今の状況を言えば、僕は今、彼の家に招待されている。
「本当に次の航天に私が同行してもよろしいのでしょうか?」
「もちろんだ、アレクセイ……それともすでに希望している艦があるのか?」
「ノーッ!サー。とんでもありません!!」
それでは何なのだと彼の目が問い掛けてくる。
「つまり、私のようなもので十分なのでしょうか?私より優秀な人間はいくらでもいます」
「アレクセイ。君は優秀だよ、私より余程な」
僕が否定の言葉を口にしようとするのを彼は手で止めると。
「それに・・・士官として優秀な人間ならいくらでもいるが心を許すことが出来る友ではない。私と君は友達だろう?」
「イエス・サー。光栄です!」
あまりに嬉しすぎて涙ぐみそうになった。
「デレクも私の友人だ。しかしヴァクスはどうなのだろう?俺は彼に色々と辛い思いをさせたからな……」
彼の言葉に僕は目を丸くした。
ヴァクスの艦長に対する献身は傍で見ている誰もが感じることだ。
おそらく彼は艦長のためなら命すら惜しくないと思っているのではないだろうか?
だが、そんなことを教えようとは間違っても僕は思わない。
誰が敵に塩を送るような真似をするものか。
「ミスタ・ホルサーに聞いてごらんになったらいかがですか?」
僕はこの後自分の言ったこのセリフを死ぬほど呪うことになろうとは夢にも思わなかった。
「……そうだな、それがいいかもしれない。ありがとう、アレクセイ」
「いいえ、お安い御用です、サー」
こんな言い方は艦内では規律違反で処罰ものだが今は地表だ。
彼も肩に手を置いて微笑んでくれた。
「アレクセイ……実は君に言っておかなければならないことがある」
「なんですか?」
「……今度の航天にはフィリップ・タイアも同行することになる」
「……」
一瞬にして顔が硬直した。
彼に自分のこんな顔を見せて余計な心配などかけたくないのに。
しかし……あの男だけは別だ。
「……何故ですか?」
「ミスタ・タイアは……帰ってきたときに自分は宇宙軍に向いていないと辞表を出したのだ。だが俺が拾った」
「どうしてですっ!!」
辞めたいならばあんな男など勝手に辞めさせておけばいいっ!!
「落ち着け、アレクセイ」
彼が僕の強く握りしめた拳に触れる。
「もしミスタ・タイアが宇宙軍をここで辞めてしまえば彼に残るのは敗者
の精神だけだ。俺は……宇宙軍にあった者がそれだけを残して辞めることは……俺だったら耐えられない」
それでけ言うと真っ直ぐに逸らすことなく僕を見つめる。
「……に、本当にあなたは優しすぎます」
そう言うと彼は幻聴を聞いたかのように目を見開いた。
「とんでもないっ!俺は少しも優しくなんかないぞ、アレクセイ。優しいのならミスタ・タイアの望みどおり宇宙軍を辞めさせている」
「そして、彼は一生その傷を背負い続けるんですか?」
「…………」
「彼が辞めようと思ったのは……僕の責任でもありますね。。それこそ僕は彼に酷い扱いをしてきましたから……後悔はしてませんが」
「アレクセイ、君が責任を感じることはない。ミスタ・タイアは君にそれだけのことをされても仕方がないほどやりすぎたのだ。君はその仇をとったにすぎない。……だがまぁ、少しやりすぎたかもしれないが」
「イエス・サー」
「……手加減するつもりはあるのか?」
「ノー・サー、あ、いえ私は正当な範囲において彼に対する態度は
変わらないと思います」
「……そうか」
彼は少し困った顔をした。
いいではないか。
少しばかり自分がフィリップ・タイアに対して酷い態度をとったとしても彼ならば艦長の権限において抜け道をつくってやれる。
前の航天の終わりのように。
あの時は何とかポーカーフェイスを貫いたけれども心ではタイアに彼が少しでも優しくしてやったことが悔しくて仕方が無かったのだ。
今では自分自身でさえも彼に対する執着を持て余している。
彼のことに関しては理性は何の役にも立たない。
ほら、今だってリッキーが彼の腕に触れているのが不快で仕方ない。
……思い出してしまった。
リッキーの奴はこともあろうに、いくら彼に気に入られているからといって抱きつくとは……っっ!!
抱きつく……抱く……抱く……!!!!!
「どうした、アレクセイ?」
はっ!!
「い、いえっ、何でもありませんっ」
「もしかしてまだ薬が残っているのか?」
「いえ!体はもう万全です。少しぼうっとしていました。何ですか?」
「そろそろリッキーを家に帰そうと思ってな。まだ彼は子供だからな」
「イ、イエス・サー、そうですね!」
なんてタイミングでリッキーの話題を持ってくるのだろう。
……もしかして顔に出ていたのか?
思わず彼の顔を伺ってしまう。
「リッキー」
「はい?」
彼の呼びかけにすかさずリッキーがミスタ・ホルサーとの会話を中断して振り向く。
「車を呼ぶからそろそろ帰ったほうがいいだろう」
彼がそう言うとリッキーは見るからに落胆した顔をしてみせる。
「もう少しここに居たいです」
「……ダメだ。士官学校では夜更かしなど許してくれないぞ」
「……わかりました。でも……本当にまた会って下さい!本当にっ!」
「もちろんだ、約束しただろう?」
彼の微笑みにくらくらする。
「はいっ!!」
彼がリッキーを見送るために立ち上がった。
僕とミスタ・ホルサー、デレクもそれに続いた。
機関長はと探すとどうやらリッキーを送るついでに一緒に帰ることにしたらしくすでに外で待っていた。
「グッド・ラック、サー」
「君もな、機関長」
彼らは固く握手を交わした。
「どうぞ、良い航天を。……ご無事で、サー。いつかあなたのもとで士官を勤めることができるように頑張ります!」
「ああ、ボーイ。待っている!」
そして、あろうことかリッキーはまたしても彼に抱きついたっ!!
彼も苦笑しながら抱き返しているっ!!!
「言っただろう、あまりむやみに抱きつくものではないと」
「でもあなたは特別です!!」
!!!!!!!!
手を握り締め、何とかリッキーを殴ってしまいそうな衝動を抑える。
「ミスタ・タマロフ」
ぽんと肩を叩かれて我にかえる。
「ミ、ミスタ・マッカンドルーズ……」
「彼は艦長としては歴代の艦長の誰よりも有能だが、他人の気持ちにはやや鈍いところがある」
?何が言いたいのだ?
「ぼやぼやしてると掻っ攫われるぞ」
「……っ!?」
驚愕する僕に機関長は航天中には見せたことのない笑みを浮かべて迎えの車に乗り込んだ。
ななななな……何で僕の気持ちがバレたのだ!?
まさか顔に出ていたのだろうか?
慌てて彼の様子を見たが、変わった様子もなく二人を見送っている。
とりあえずほっとした。
彼にはまだ僕の気持ちは知られたくない。
いつかその日が来るとしても今はまだ……その時ではない。
今の僕では彼に釣り合わない。
もっと強く、彼を支えることが出来るようになったら、その時こそ……
ありのままの僕の気持ちを伝えたい。
その時、彼が誰のものであったとしても、それこそ掻っ攫う覚悟で伝えたい。
ミスタ・シーフォート……
あなたをこの世の誰よりも愛していると……