宇宙軍士官たちの休暇 1


~ヴァクスの場合~

 俺の名はヴァクス=ホルサー。
 国連宇宙軍宙尉だ。
 あの悪夢の航天から奇跡の生還を果たし、ようやく体調も元通りになりはじめたところだ。
 くそいまいましい……薬物尋問がっ!!



 ……失礼、少々取り乱してしまった。
 何しろ俺ばかりではなく、敬愛してやまない彼にまでもそれを行いやがったのだっ!!
 度重なる試練に彼は心身ともに疲れきっていたというのに、まったく。
 だが、そんないらいらした気分にいつまでも浸っていることは難しかった。
 なにしろ今日は彼の家のパーティーに招かれているのだから。
 自然と気分が浮上してくる。
 ごく内輪のパーティーとはいえ、やはり軍服でいくのが良いだろう。
 おそらく他の者たちもそうするはずだ。
 
 軍服……
 その言葉に艦長の白い軍服を思い出した。
 誂えたかのように彼の身を包んだそれは、俺の目には神々しくさえあった。
 いや、俺ばかりではないはずだ、そう思ったのは。
 彼には白がよく似合う。
 気高く何者にも屈しない精神、ずるがしこさを持たぬ彼の素直さは如何にして育まれたもの
 なのだろう。
 彼の存在こそが奇跡だ。
 俺は本気でそう思う。
 そして、彼を守るためには己の命をかけても惜しくないほど…………愛していた。

 彼の家に到着した俺は彼と彼の妻にあたたかく歓迎された。
 パーティーには俺の他にアレクセイ、ディレク、リッキー、そして驚いたことにマッカンドルーズ
 機関長が招かれていた。
 艦の中では艦長でさえもプライバシーが完全に守られるとは言いがたいし、とくに士官たちは
 艦長の動きには敏感でなくてはならない。
 それにもかかわらず彼と機関長がそれほど親しいとは思ってもいなかった。
 ……まぁ、いい。
 今夜の彼は機嫌がよく、滅多にみせない極上の笑顔を披露していた。
 その笑顔を向けられながら雑談をすることはひどく幸せだったから。
 まぁ、欲をいえば、それが自分だけに向けられたものだったらと思わないこともないが。
 「ヴァクス、君は本当に私と来るつもりなのか?」
 「もちろんです、サー」
 はっきり言い切って・・・途端に不安になった。
 もしかすると彼は自分には来てもらいたくないと思っているのではないだろうか?
 しかしその心配は杞憂に終った。

 「そうか」
 短い返事だったが彼の表情を見れば自分がj邪魔に思われていないことは一目瞭然だった。
 ふと、鋭い視線を感じて顔を向けるとアレクセイが無言でこちらを見ていた。
 しかしこちらを睨みつけるように見つめる目が口以上にアレクセイの意思を伝えていた。  彼ヲ愛シテイルノハアナタダケジャナイ  そうだ。
 彼と少しでも共に過ごしたことがある者ならば誰だって惹かれずにはいられない何かが彼には
 ある。
 彼は決して完璧というわけではない。
 俺は彼にハイバーニアを運航することは無理だとまで言った。
 しかし俺の言葉などものともせず彼はそれをやってのけた……他の誰よりも見事に。
 無理を無理と諦めない強固な意志。
 その輝きに俺たちは魅せられる。

 「ヴァクス、良ければ今夜は泊まっていかないか?」
 「……」
 俺は彼の申し出に瞬時に対応できなかった。
 「君と……少しばかり話したいことがあるんだ」
 ああっ!
 そんな顔をされたらいったい誰が断れると言うんだっ!!
 「お邪魔でないのでしたら、喜んで」
 天にも昇る心地で返事をする。
 「ありがとう」
 綻んだ顔のなんと愛しいことか!!
 い、今のは俺だけにだなっ!!(←ヴァクス暴走中・笑)
 例えようも無い幸福感に宇宙空間に飛び立ってしまいそうになる。
 この部屋にまだいた、アレクセイ、ディレクが眉をひそめている。
 リっキーは夜更かしはいけないと早々に帰っていた(というか帰らされた)。
 他の奴らに誘いの言葉はなかった。
 アレクセイは射殺さんばかりの眼差しで俺を見ていた。




 「サー?……ニック?」
 話が終わりしばらく沈黙が支配した空間に思い切って彼の名を呼んだ。
 しかし返答はない。
 どうやら目を閉じているだけと思っていた相手はそのまま眠りについてしまったらしい。
 さぁ、困った・・・・。
 ここは空調がきいていて過ごしやすくはあるが、この体勢で寝てしまっては明日は痛みを
 訴える体を無理に酷使しなくてはならなくなる。
 ・・・・・・・・・・・・。
 寝室の場所はわかる。
 艦の中でなら平気で出来ることが日常に戻ると出来ないことは多々ある。
 だが躊躇してはいられない・
 「サー、失礼します」
 呼びかけに起きてくれないだろうかと期待しながら起きてくれるなとも思う自分の心は支離
 滅裂だと我ながら情けなくなる。
 そっとため息を一つつくと、脇から腕をまわして抱き上げる。
 女よりはさすがに重量があるが男にしては華奢な骨格を彼はしている。
 そしてまた、彼が背負わなければならなかった責任の重さに胸が痛くなる。
 「ん……」
 どくんっ。
 彼の口から漏れた声に心臓が止まるかと思った。
 どうやらかなり緊張していたらしい。
 「サー……?」
 答えはない。
 どうやら目を覚ましたわけではないようだ。
 彼の寝顔を覗き込み、そこに苦痛の色がないことに安堵する。
 彼は艦長になってからというもの眠りにさえ負担がかかっているようだった。
 せめて、今だけは……ゆっくりと……。
 そっと額にかかる髪に触れようと伸ばした手が震えていた。
 それは『魔がさした』瞬間だったのかもしれない。

 彼の緩やかに閉じられた……唇……。
 かすかに聞こえる寝息……。

 誘われるように彼の唇に触れた。

 ああ……俺はきっとこの人のために命をかける時がくる。
 いつか必ず……。


 「ニコラス=ユーイング=シーフォート」


 一つ一つを慎重に紡ぐ。
 それは誓いの言葉。
 どんな時も彼とともにあるように……。