追いつめる
「バイバイ」
そんな言葉だけで、あっさりと目の前から消えてしまった人。
まるで、そんなものなど初めから無かったような跡形の無さに……寒気を覚える。
あの人は、自分たちと暮らしている間中この日が来ることを考えながら過ごしていたのだろうか。
どこまでも、真っ直ぐに真っ直ぐ過ぎて悲しい人。
触れた孤独に侵されて、少しでもそれを忘れてくれるならと傍に居た……そんな自分の考えなどとうに見透かされ、反対に夢を与えてもらっていたのだ……『幸せ』という夢を。
一度知ったならば決して忘れることなど出来ないそれを与えて……置き去りにされた。
ああ。
「あの人が、この世界のどこかで生きて幸せにしてくれるなら、それでいい」
……などと思えるはずが無い。
あの人が『幸せ』を感じてくれるのは、己の傍がいい。
どこかで、例え『幸せ』であったとしても、そこには自分は居ない。
黒い嫉妬。
果てしない喪失感。
胸を衝く悲愴。
あの人が居なければ、例えどこかで『幸せ』であっても、自分は深海の底に眠る塵のように…無意味だ。
だから、追いかける。
これは、己の我侭に他ならず…あの人の手に掛かれば、自分の手などあっけなくすり抜けていくだろう。
あの人が見つかってもいいと思わなければ、見つけることさえ出来ないかもしれない。
それでも。
私は、追わずにはいられない。
もう一度、あの人の声で自分の名を呼んでもらいたい。
少し高めの、けれど誰よりも落ち着いたその、心地よい声で。
「……あなたはどこにいらっしゃるんですか?」
毎日、毎日問い掛ける。
誰も応える者など居ないと知りながら、問い掛けずにはいられない。
「私は、貴方がいらっしゃらないと…笑っていても、笑えないのです。貴方の傍に居て、貴方を感じ……貴方の気配に包まれたい」
ただ、夜の闇に語りつづける。
「貴方を求めることは、罪でしょうか?……もう二度と、この長い生の中でまみえることは出来ないのでしょうか?」
夜の闇は、応えず静謐だった。
「貴方を追うことを許してください。貴方と会うことを願うことを…貴方を思い、そして……」
『愛しています』
ただひたすらに。貴方だけを。
「ずっとずっと、ひたすらに…私は貴方を求めて彷徨い続けるでしょう」
「もし、貴方を見つけることが出来たら…どう呼びましょう『シン・リー』?……いいえ、私は貴方のそんな名を知らない」
「やはり、別れたときのまま……ただ、『 』と」
闇の中を走る。
何の痕跡も残さない、貴方の後を追って。
闇雲に。
この身が息絶えるまで。ずっと、ずっと。
「……追いつきました」
やっと。
その背中は、別れたときのまま。
受容と拒絶という矛盾を抱き込んで。
「愛してます、……貴方だけを。 秋」
そっと目を閉じた。