薔薇


「何だい、その薔薇は……」
「今日は、高遠サン」
 眩暈がするほどに美しい笑顔を、相手は浮かべた。

 





 聞き込みの途中、通りがかった道で偶然に出会った秋に、高遠は挨拶をかわすことなく、開口一番、思わず そんなことを尋ねてしまった。
 目の前の秋は、大輪の赤い薔薇を顔が隠れそうなほどに大量に抱えていた。
「この薔薇が何か?」
「いや……」
 これほどに大量の薔薇を抱えて歩いている人間は、そうは居ない。高遠も初めてお目にかかった。
「買ったのか?」
「まさか」
 高遠の問いをあっさり否定する。
 そして、秋は意味ありげにふふ、と微笑し……高遠を見上げた。
 妖しい艶を含んだその表情に、高遠の喉がこくりと動く。

「もちろん、貰ったんですよ……誰に、とは言いませんけど?」
「……なるほど。酔狂な男が居た、というわけか」
「あれ?女性かもしれないですよ」
「それこそ愚問だ。男に花を贈る女性など居ない……ましてや、薔薇の花を」
「それは偏見……でも、今回に限りは当たりv」
「……」
 ふと、高遠は己の機嫌が悪化していることに気がついた。……まさかとは、思うが。
「君は男に花を贈られて喜ぶタイプには見えなかったが」
「確かに、感心の無い相手に贈られても鬱陶しいだけです。でもこの花は別」
 つまりは、贈られて嬉しい相手に貰ったというわけか……。秋の顔は薔薇の花束の中で美しくほころぶ。
 贈った相手には、これ以上の顔を見せたのだろうか。
 赤い薔薇と、秋。似合いすぎて……

「……不気味だな」

 ぽつりと漏れた高遠の言葉に、秋の目が丸くなり……おかしそうに歪んだ。

「ふふ……そんなこと僕に面と向かって言うのは高遠サンくらいですよ」
「悪い、別に……似合わないとか、そういうのでは、無い」
「ええ」
「……君には」

 秋に一歩近づく。薔薇の香りが強く鼻腔をついた。
 くしゃり、と一つ、花を掴む。


「……私なら、白い薔薇を贈る」

 薔薇で傷ついた高遠の手が、秋の頬をたどり、白皙の頬を朱で汚す。
 むせかえるような、強い芳香の中で。

 小さな体を拘束し、高遠はその唇を奪った。