幸セ




「ちょっと出てくるね~」
 玄関先から秋の声が届いた。
 座木は包丁を持ってた手を置き、見送るために玄関に出る。
「何時ごろお戻りですか?」
「ん~たぶん夕食までには帰ってくるよ」
「わかりました」
 今回の外出はどうやら本当に『ちょっと』らしい。
 だいたい、秋がわざわざ声を掛けて出ていくというほうが珍しい。

「あ、何だよ。その顔は」
「いえ。少々珍しいな、と」
「どっかの誰かが言って出かけないと不安でしょうがないらしいからな」
「さて……どちらの方でしょうか?」
「全く。成長してるのか、喜ばしいけどちょっと嫌だね。青竹のようにすくすく伸びてるのは身長だけか」
 「青竹には節もあれば枝もございますから」
 すまして応える座木に秋は鼻の頭をしかめた。
 そんな様子の秋を可愛いと思えるようになったぶん、成長しているのだろう。
 秋に出会った当時の座木ならば、こんな表情をした秋を見れば何か気分を 害するようなことをしただろうかと戸惑っていたに違いないのだから。
 
 「あ、やば。遅れちゃう」
 秋は腕時計をはめていない。そして玄関には見える場所に時計はない。
 いったい何を見て遅れるとうのか。
 秋はぱちんっと指を鳴らした。
「これ。ちょっと借りるな。帰ったらちゃんと返すから」
 見れば、座木の腕にはめられていたはずの時計が秋の手元にある。
 相変わらず、どういった仕儀でどうなるのか慣れたものの不思議で仕方ない。
「……壊さないで下さいね」
「壊れたら新しいの買ってやるよ」
「すでに壊れたときの話をなさらないで下さい」
「なんでかな~、座木で小姑みたい」
「こじゅうと……ああ、小姑ですね。それは……やはり手のかかる方がいらっしゃる せいではないかと・・」
「あー、もう行こう!じゃな、ザキ」
 これ以上ここに居ては形成不利になるばかりと悟ったか秋は逃亡することに決めたらしい。
 くすり、と笑った座木は遠くなる背にお気をつけてと声をかけた。



 そして、キッチンに戻った座木はテーブルの上に先ほどまでは無かった白い メモ用紙程度の大きさの紙切れを発見した。
 そこには秋の字で……



 『お前、ちょっと風邪気味。苦くてマズイ薬だけど飲んでおけ。

 By,秋     』




「・・・・秋」
 まだ表に症状は出ていないと思っていたが、しっかりとバレていたようだ。
 それを口で言わず、手紙で告げるところが秋らしい。
 座木は自然と口元を綻ばせながら、手紙とともに置かれていたビンを手に取る。
 中には小さな紫色の錠剤が3粒転がっている。
 確かにあまり美味しそうな色ではない。

 「……有難く、頂戴いたします」
  座木は何も無い空間へと向かって頭を下げた。








 成長している。
 でも、まだまだ。
 もっとずっと……あの人を支えられるように。強く。


 それが己の望みだから。