気持チイイ
「奇遇だねv高遠サン♪」
驚き見上げた高遠の目の先には遥か5階のベランダから身を乗り出し、手を振る
秋の姿があった。
「相変わらず、君は神出鬼没だな」
「そうですか?今日はちょっと友達のところに遊びに来てただけなんですけど」
「友達?」
「僕の交友関係に興味があります?高遠サン♪」
「……」
くすりと含みある視線で見上げられて言葉に詰まる。
……どうも苦手だった。
「そういう高遠サンはどうしたんですか?お仕事でも無いみたですけど?」
相変わらず目ざとい。
「……ちょっと散歩していたんだ」
「ふーん、こんなマンションばっかり並んでるところに?いい趣味ですね♪」
「……いや、歩いていたら、気がつくとここに居たんだ」
「くすくすっ、周りが見えなくなる高遠サンらしぃー!」
「君に比べれば皆そうだと思うが?」
「いいんです、僕は比べられないから。すでにランキング外。順位は高遠さんにお任せします♪」
どんどん話がずれていく。
深山木秋というこの少年と話しているといつもこうなる。
「じゃあ、高遠サン。今日はお暇なんですね?」
「まぁ、そう言えばそうかな」
「だったら僕と遊びませんか?……イイコトして」
流れる視線に、ぞくりと背筋に寒気に似た……電気が走る。
女子高生を買う大人の気持ちが……わかってしまった瞬間。
いや、それよりも性質が悪い……麻薬か?
「……イイコトの内容にもよるね」
そう言うと少年が意味ありげにくすりと笑い、手を差し出した。
「行きましょう」
不思議とその手を振り払う気にはならなかった。
「ほら、いい気持ちでしょう?」
隣に横たわる秋が高遠に目を細めつつ尋ねてくる。
秋に手を引かれて高遠がやって来たのは小高い丘。
本日はお日柄も良く……と言うと結婚式のようだが、本当にぽかぽかと日が照り暖かい。
「……君は案外年寄り臭かったんだな」
「ハタチなんて10歳から見ればオヤジですよ♪」
そうは言うが実際に10歳の子供が秋を「おじさん」などと呼ぶ光景は到底想像できなかった。
きっとどんな子供で秋の顔を見れば、言葉をなくし見惚れてしまう。
それほどに『美しい』秋の顔。
その表層に幾度騙されたことか・・・・。
「どうしても人は目で物を見ようとしますからね」
ぎくり、と視線を向ければ秋が朗らかに笑っている。
「君は人の心まで読めるのか?」
「偶々です。だって高遠サン、無防備だから」
「……何だか、君には永遠に叶わない気がする」
そんな高遠の言葉を受けて秋がからからと笑った。
「それはそうでしょうね。だって僕は高遠サンと勝負してる気は全然無いから」
「……。なるほど」
いくらこちらが気負っても相手にその気が無ければ試合は成立しない。
勝ったところでむなしいだけだ。
「うん、その顔のほうがいいですよ」
「は?」
「会ってからずっと難しい顔してたから」
「……本当に君には叶わない」
自分の顔の筋肉が弛緩して、崩れるのがわかる。
ふっと苦笑しつつ視線をあげると思いの他。秋の顔が近くにあった。
風の匂いがする。
「でも、僕は高遠さんのこと……」
『好きですよ』
触れた唇は温かく、瞬く間に離れていった。