愛シテル




 愛シテル
 愛シテル
 愛シテル


 ドウスレバ コノ 思イ ハ
 伝ワルノデショウ―――…
















「ザギ~」
「はい、何でしょう?」
 もう深夜と言っていいだろう時刻。
 リベザルはすでに部屋で夢の中を漂っていることだろう。

 しかし、秋と座木はいまだリビングに居た。
 そして秋の声がかかったのは、丁度、座木が冷めてしまった紅茶のおかわりを用意 しているときだった。



「出かけて来ていいかな?」
「は?」
 おそらく、この言葉が秋から出たものではなく、リベザルあたりで、時刻が昼間なら 座木は迷うことなく「どうぞ」と即答したことだろう。
 しかし相手は、普段は好きな時に外出して好きな時帰って来る秋である。
 今さら何をと思っても仕方が無い。
 しかも時刻が時刻。
 この時間にいったいどこに出かけるというのか?
 コンビニ?
 何か足らないものがあっただろうか?
 座木は一瞬のうちに思考をめぐらせた。


「別に足りないものは無いよ?」
 秋を見るとにこりと綺麗な笑顔で笑っている。
 何でわかったか・・・秋に聞くだけ愚問だろう。
「どちらに行かれるつもりなんですか?」
「ん、ゼロイチのとこ」
「……」
 絶句。
 

「ザギ……おーい、ザギ―?」
「……あ、すみません」
 そして沈黙。

「そんなに驚くことかな?」
「……ええ、まぁ」
 普段は滑りすぎるほど滑る座木の口は、応答の言葉しか返さない。
 そんな座木を見て秋がくすりと笑った。
 そして、ずずっと秋の顔が座木に迫る。
「……っ」
 

「行って欲しくない?」
 秋が浮かべているのは、邪気の無い天使のような笑顔。
 しかし。
 その内は邪気が無いどころか……。


 たぶん。
 わかっているのだ。
 座木の返事を聞かずとも。



「ふふ、ザギとゼロイチて対照的だよね~」
「……どのあたりがでしょうか?」

「毛並みのいい飼い犬と人間不信の野良猫」
 そう言った途端、その例えが自分自身ではまったらしく……腹をかかえて椅子が後ろに 倒れそうなほど笑い出した。
 
 けれど、確かに秋の言うとおりかもしれない。
 座木は思う。
 飼いならされた犬は、人間……主無しには生きることは出来ない。
 そして自分も―――

 秋無しでは生きていくことは出来ない。


 ふ、と目線をあげるといつのまにか笑いをおさめた秋が微笑して座木を見ていた。

「で、どうするの?」
 行ってもいい?と秋の目が座木を試すように揺れた。





「嫌、です」
 それだけ言って座木は秋の目を見つめた。







 形のいい唇が動く。

「合格♪」
 その途端、座木の体から力が抜けた。

「そんなに緊張しなくてもいいのに」
「それは無理というものです」
 秋がくすりと笑う。
「もし、私が嫌だと言わなかったらどうされるおつもりだったんですか?」
「んー、ゼロイチのとこにイイコトしに行ってたかも?」
 疚しさなど一点も感じさせずに秋は言ってのけた。
「秋……」
 思わず座木の口調が責めるようになってしまう。
「拗ねない拗ねない。どちらにしろ今夜はザギの傍に居るって決めたんだからさ」
 ね?と可愛く秋は小首をかしげてみせる。
 今となっては本当に出かけるつもりだったのかさえ疑わしい。
 ただ座木をからかって楽しみたかったのかもしれない。


 それでもいい。
 秋が自分の傍に居てくれるなら。


「では……」
 座木はポットをテーブルに置き、秋の座っている椅子に近寄る。
「貴方がどこにも行かれないよう今夜はずっとお傍に居ます」
 座木は秋の座っている椅子の背もたれに手をかけるとかがみこんで、誘うように 紅い唇に口づけた。



「仕方ないなぁ。許す」
 座木の口づけを受けながら秋の手が優しく黒髪を梳いた。