月光ゲーム
「今宵も麗しき名探偵の顔(かんばせ)を拝見でき、恐悦至極。ご機嫌はいかがですか?」
片足を後ろへ一歩引き、怪盗は深くお辞儀してみせた。
「いいわけあるか。俺は安眠妨害されてこの上なく迷惑だ」
不機嫌な新一の声に、バルコニーへ立っていたキッドがくすりと笑い、室内へ一歩踏み出す。
白いカーテンがまるで怪盗を出迎えるように、闇の中へ翻った。
「相変わらずつれない。私など名探偵のことを想うあまり眠ることさえままならず、こうして闇の中を
彷徨っているというのに」
「あぁ?てめぇのはただ単にそれが仕事なだけだろ。さっさと消えないなら善良な一市民として警察を
呼ぶぞ」
本気である証拠に新一の手にはいつの間にか携帯が握られている。
不機嫌に顔をしかめていても、いっこうにその美しさを損なうことはない。
日本人にしては白すぎる肌は夜目にも鮮やかで、キッドを睨みつける眼差しは冬の凍てつく夜空を思わ
せるアイスブルー。この瞳に見つめられているだけで、人は恍惚となるだろう。
怪盗でさえ、この瞳に囚われ、邪険にされつつも毎夜こうして訪ねずにはいられないのだから。
「名探偵・・・あなたは罪な方だ」
「はぁ?」
いきなり理解不能なことを言い出したキッドに、新一は眉をひそめる。
「あなたは盗むことを本業としている私の心を盗んでしまった。奪い返すこともできず、私の心は
あなたの僕となり、足元に跪く。どうか、この憐れで愚かなる男にせめて一夜の情けを」
いつの間に移動してきたのか、キッドは新一の手を掴み、その甲に口づけるとモノクルの奥から新一を
見上げてきた。
熱っぽく、洗練された仕草は世の女性に悲鳴をあげさせるに十分だったが、相手は天下の工藤新一。
幼い頃から類稀なる美貌で周囲を魅了してきた人間は、他人からの賛辞など日常茶飯事。
「・・・・キッド」
新一は、にこりと艶やかな微笑を浮かべると―――・・・
ヒュッ!!
超高校級と言われる黄金の右足が空を切った。
「・・・・危ないですよ、名探偵」
危うげなく避けておきながら体勢を整えた新一は不適に笑うキッドに麻酔銃を向けた。
「また物騒なものをお持ちですね」
「ああ、てめぇみたいな不審者が多いんでな」
「しかし、私にはききませんよ」
「心配するな。お前用にパワーアップしておいたから」
おやおや、とキッドは両手をあげてみせた。
「どうも今夜は旗色が悪いようですね・・・・・」
それでも笑みを崩さないキッドは、ぱちん、と指を鳴らした。
「名探偵への贈り物です」
新一の顔のすぐ横へ真紅の薔薇一輪と共に、宝石が現れる。
「どうぞお受けとり下さい」
宝石は、おそらく今夜のキッドの獲物。・・・はずれだったということか。
「何だ、この薔薇は・・・」
「あなたには真紅の薔薇がよく似合う」
キザなセリフに、新一の顔が歪む。よくもまぁ、男相手にこんなことを言えるものだと。それだけはいっそ
感心してしまう。
「では、また欠けたる月が満ちる夜に」
「・・・・・・」
「御機嫌よう、名探偵・・・・・・・・新一」
ざっと、風が室内に吹き込む。
思わず腕で顔を庇った新一が、もう一度バルコニーに視線をやると、そこにキッドの姿は無かった。
「・・・・・・バーロ」